プリーストリー『夜の来訪者』

※当サイトでは、第三者配信のアフィリエイトプログラムにより商品を紹介しています。

『夜の来訪者』(原題:AN INSPECTOR CALLS)は、イギリスの劇作家プリーストリーの作品です。戯曲であり、本の内容も台詞とト書きによる脚本形式となっています。

ちなみに、近年BBCでドラマ化もされました。ドラマ版では、ハリー・ポッターシリーズのルーピン先生役で知られるデビッド・シューリス氏が警部を演じています。

あらすじ

1912年春。舞台は、裕福な工場主であるバーリング家。当主のアーサー、妻のシビル、その子どもたちのシーラとエリックに、シーラの婚約者ジェラルドを交えて婚約祝いが開かれている。

そんななごやかな会席の場に突然現れた、グール警部なる人物。彼は、数時間前に自ら命を絶った貧しい女性について調査をしているという。尋問が続くなか、その場にいた全員が亡くなった女性と面識があったらしいことが明らかになり……。

感想

ページ数は少なく時間的にはさらりと読めます。しかしながら内容は激しいやり取りの連続。工場をくびになったことに端を発する不幸な女性の身の上話に、自分もかかわっていると知り動揺を隠せない面々。読んでいるだけでその場に身を置いているかのような緊張感に包まれ、息が詰まりそうになります。

一連の会話を通じて登場人物の人間性が露呈し、家族や婚約者との関係性も変化していきます。「なかったこと」にしようとする父親らと、深く反省し変わりつつある姉弟が対照的です。

終盤は、若干の緊張緩和からの急転直下の幕切れに衝撃を受けます。彼ら全員が反省していたら、ひょっとすると結末は違っていたのでしょうか。

そして、グール警部の去り際の台詞は特に印象に残ります。

一人のエヴァ・スミスは、この世を去りました──しかし、何千万、何百万という無数のエヴァ・スミスや、ジョン・スミスのような男女が、わたしたちのもとに残されています。(中略)わたしたちは、おたがいに対して責任があるのです。

※引用文は、岩波文庫の安藤貞雄氏の訳によりました。

シーラらも言うように、この語り手についてはもはや問題ではなく、残された事実が重要なのでしょう。

初演は戦後ですが、作者があえて1912年という時代背景にしている点も踏まえて、深く考えさせられる作品です。