アンデルセン『影ぼうし』

児童文学
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今回は、角川文庫『雪の女王 アンデルセン童話集』(山室静訳)より『影ぼうし』(原題:Skyggen)をご紹介します。

2016年に村上春樹がアンデルセン文学賞を受賞した際、スピーチ内で触れたことでも話題になった作品です。

あらすじ

北国出身の学者が暑い国を訪れたときの出来事です。

当時、学者は真向かいの家に住む人物に興味を惹かれていました。花いっぱいのバルコン(バルコニー)から響く美しい音楽を聞くと、夢心地になるのです。

ある夜、向かいのバルコンまで伸びた自分の影ぼうしを見て学者は言いました。どうせなら中の様子を見てきてくれないか、と。もちろん冗談のつもりでした。

ところが翌朝、影ぼうしが本当に消えてしまったことに気づき……。

内容紹介と感想

作中で学者が引き合いに出している「影をなくした男の話」は、シャミッソーの小説を意識しているのでしょう。

もっとも『影をなくした男』では影を失ってそれっきりですが、『影ぼうし』では残った根っこから新しい影が生えてきます。植物のような影の生態にびっくり。

影ぼうしとの再会

数年後、故国に戻った学者の家の戸を叩く者がありました。外を見ると、やせぎすですが立派な身なりの人物が立っています。その正体は、学者から分離した例の影ぼうしでした。

影ぼうし曰く、真向かいの家にいたのは詩の女神。

これを聞いた学者の発言、「詩というものは、時によると大都会のまん中に、仙人のように住んでるからなあ」には作者の考えが反映されているように思います。それだけ詩人は孤高の存在なのかもしれません。

影ぼうしは女神のもとで多くのことを学びました。このあたりはロマンを感じるエピソードですが、問題はその後です。

人間社会の闇

従僕の目に英雄なし

突然ですが、ここで英語の格言をひとつ。

No man is a hero to his valet.

ヴァレットとは、主人の身の回りの世話をする上級使用人のこと。つまり、世間的に立派だと思われている主人も、私生活をよく知る従者からすればただの人でしかない、といったニュアンスのようです(異なる解釈も見られます)。

これを影に置き換えてみたらどうでしょう? いついかなるときも人間にくっついている影は、ヴァレット以上に本体のことを知り抜いているはずです。

〈隣人の悪〉

町に出た影ぼうしは、影としての能力を使って人間社会の裏側をのぞいて回りました。

人間であることが、それだけで何か意味があるらしく世間で思われているからいいようなものの、でなかったらわたしは、人間になんかなりたかありませんね。

影ぼうしが目撃したものがいったい何であったか、具体的に語られることはありません。しかし、それは「見てはならないもの」、信じられないほどおぞましい光景であったようです。

影ぼうしの暗躍

失望した影ぼうしは、人里離れた山奥に引きこもった……りはしませんでした。驚くべきことに、彼はゆすりを働くようになったのです。

今や軽蔑する人間たちと同じ穴の貉。影ぼうしは弱みを握っている相手から服をもらい、金をもらい、社会的地位をもらいました。

こうして高慢ちきな成金のできあがり。彼はひとかどの人物とみなされるようになりました。見た目に惑わされる人が多いのは、いつの時代も同じですね。

立場逆転

学者は真善美を重んじていますが、世の人はそうしたテーマに関心を寄せません。ついには病んでしまった学者を、影ぼうしは療養旅行に連れ出しました。

温泉地で出会ったお姫様と懇意になった影ぼうし。彼女に嘘を吹き込んだ影ぼうしは、学者に対して自分の影のふりをするよう強要します。

影ぼうしの横柄な態度に耐えてきた温厚な学者も、さすがに今回ばかりは腹を立てました。お姫様たちをだますことになるのが嫌だという、実にこの人らしい怒り方です。

学者はすべてを暴露しようとしますが、みんながどちらの言い分を信じたかというと……。

影ぼうしが分離して以降、転落の一途をたどる学者。あの運命の晩、影ぼうしに様子を見に行かせなかったら。学者が自分の足で向かいの家に赴いて、自分の目で詩の女神の宮殿を見ていたら、何かが違ったのでしょうか。

影なき人生

本作は解釈の幅がある作品です。

先の格言にあるような使用人が成り上がった過程を、影の下克上にたとえてメルヘンチックに描いた、と捉えると個人的には理解しやすいところ。

昔の身分を隠したがる、学者に借りがあるなら清算しておきたいと言う、学者からくだけた口調で話しかられるのをひどく嫌がる。元使用人に変換してしまえば、影ぼうしがそうした態度をとるのも納得です。

また、二人の性格が両極端なため、影ぼうしが学者の人格の一部という気があまりしませんでした。

もちろん、全く異なる意見の方もいるでしょうし、複数の感想や解説を読み比べて多角的に考察してみると面白いと思います。

おわりに

ここで格言その2。ドイツの作家ゲーテの言葉で、「光が強ければ影もまた濃い」などと訳されるようです。

Wo viel Licht ist, ist starker Schatten.

アンデルセンの人生もまた、光と影に満ちていました。

世界中で親しまれ、高く評価されているアンデルセン童話ですが、時に生活苦や死といったほの暗さがつきまといます。なかでも『影ぼうし』は特異な物語で、救いが一切ありません。

作品から伝わる作者の愛情や希望、あるいは悲嘆や絶望。大人になってから読むアンデルセン童話は、細部や背景を理解できるようになった分、容赦なく胸に突き刺さってきます。