今回は、ラテンアメリカ文学ブームを巻き起こした長編『百年の孤独』(1967年)を紹介します。Netflixで実写ドラマが配信されるなど、今なお広く注目を集めている作品です。
作者のガブリエル・ガルシア=マルケスはコロンビアのジャーナリスト、小説家。国内では安部公房が「一世紀に一人、二人というレベルの作家」であるとして高く評価しており、1982年にはノーベル文学賞も受賞しています。
概要
本作は、架空の町マコンドを舞台に開拓者一族であるブエンディア家の興亡を描く、およそ100年にわたる物語です。
同じ名前ばかりつける一族の面々に加え、脇役も多数登場。そのうえ時系列が前後することもままあり、混乱に拍車をかけます。
さらに作風の大きな特徴として挙げられるのが、現実と非現実を融合させた表現技法「マジックリアリズム(魔術的リアリズム)」です。マコンドの日常は次のように不思議に満ちています。
ちなみに本書には「42の矛盾」と「6つの重大な誤り」があるとのこと(「改訳新装版のための訳者あとがき」参照)。もっとも、あえて訂正はしていないそうで、そのある種のちぐはぐさも作品の味となっています。
ブエンディア家の家系図
新潮社の『百年の孤独』読み解き支援キット(池澤夏樹 監修)を参考に、家系図を作ってみました。ネタバレを含みますので、これから本書を読もうと考えている方はまじまじと眺めないようご注意を。
全体的に男性は若くして亡くなりがちで、女性は長生き。一族の多くの者に共通しているのは、どことなく寂しげであるということ。
またウルスラの分析によると、アウレリャノ系は「内向的だが頭がいい」、アルカディオ系は「衝動的で度胸はいいが、悲劇の影がつきまとう」傾向があります(例外は双子)。
内容紹介と感想
以下、個人的に印象に残ったキャラクターやエピソードを取り上げたいと思います。
第1世代:町の創始者
ホセ・アルカディオ・ブエンディア
生まれたばかりの村を導く頼れるリーダー。その半面では、メルキアデスらがもたらした文明の利器に感化され、錬金術(本人的には立派な科学)に熱中する困った旦那さん。
やがて発狂し、栗の木に縛りつけられることに。しかしその後も神父を論破したりしているので、実は正気なのかも?
死後も木の下に居座り、幽霊として登場し続ける摩訶不思議なキャラクターのひとりです。
ウルスラ
本作のグレートマザー、百数十歳まで生きるスーパーおばあちゃん。変人だらけの身内に翻弄される苦労人ですが、言いたいことははっきり言うし行動力もあるタフな女性です。
彼女の懸念は、近親婚をした親類に「豚のしっぽ」が生えた子が生まれた先例があること。自分の子孫にも同じことが起きないか、非常に恐れています。
「あたしの目が黒いうちはそうはさせないよ」とばかりに年をとってからも失明を隠して頑張っていました。それだけに彼女の衰弱や死は、一族の終わりの始まりを予感させるターニングポイントとなっています。
第2世代:愛のすれ違い
アウレリャノ(大佐)
軍人として
勘が鋭く、孤独癖が強い次男アウレリャノ(以下、大佐)。
物語冒頭を読んだとき、私は「わかった。これは大佐が百歳で銃殺されるまでの話なんだ!」と早合点しました。結局、銃殺は未遂で終わりましたし、タイトルの「百年」と大佐の年齢は関係なかったのですが。
自由党と保守党の争いが始まると、それ以前は比較的おとなしいイメージだった大佐が大変身。威厳と行動力をもって革命に身を投じていくため、落差にびっくりです。
名を揚げる一方で、ますます孤独を深めていく大佐。敵対勢力ではあるものの平和な町政運営をしていたモンカダ将軍を、ウルスラが制止するのも聞かず処刑してしまう流れはかなりショックでした。
愛の能力の欠如
隠居後、金細工の魚を作っては溶かし作っては溶かしのループに突入。はたから見ると不毛な行為ですが、当人にとっては成果物より作業工程のほうが精神安定剤として重要なようです。
大佐は戦争のせいで家族に対する愛情を失ったのではなく、そもそも人を愛したことがないのだろう、というのが老境に入ったウルスラの見立て。
9歳(!)の美少女レメディオス・モスコテに一目ぼれし、彼女の成長を待って結婚するという光源氏と紫の上のようなことをしていましたが、そこにも愛はなかったと?
あくまでウルスラ個人の意見ではありますが、そうだとすると驚愕の事実ではありませんか。
末っ子アマランタと養子のレベーカ
義姉妹の愛憎劇
イタリア人技師ピエトロ・クレスピをめぐって女どうしの確執が発生。この三角関係についてはひたすらピエトロが不憫です。
長らく彼と婚約状態にあったレベーカは、放浪から戻った血のつながらない兄ホセ・アルカディオに気持ちが移り、そちらとスピード結婚。
その後、ピエトロはアマランタといい感じになるも、彼女がプロポーズを拒絶したために手首を切るという悲劇的結末に。
自責の念にかられたアマランタは、自ら火の中に手を突っ込み、贖罪の印として火傷跡に黒い包帯を巻き続けます。根は優しいはずの彼女ですが、危ないところばかり目立ちますね。
未婚と寡婦と
その後もなんやかんやありますが、生涯独身を貫くアマランタ(これまた晩年のウルスラの考察によると、男性に対する冷たい態度の数々は愛情より恐怖が勝った結果)。
レベーカはレベーカで、夫が謎の自殺を遂げたことをきっかけに世間と関わりを絶ってしまいます。過去の亡霊と化したレベーカは今や忘却の彼方。
ところが、ただ一人、執念深いアマランタだけは年老いても彼女のことを覚えていました。悪い思い出のほうが「純化」されるタイプだそうで、つくづく幸せになれない性分だなあと思います。
第3世代:殺害される息子たち
暴君アルカディオとその妻
死に際に愛を知る
大佐の不在時に暴君化したことは擁護しがたいのですが、アルカディオにも同情すべき点はあります。
両親が誰か伏せて育てられた彼は、寂しい幼少期を過ごしました。決して放置されていたわけではないのですが、この一族、相手のことを見ているようで実際は上の空だったりしますからね。
自分を気にかけてくれていたメルキアデスを生き返らせる方法はないかと、子どもなりにあれこれ調べていたというのが切ない。
そして最後の最後に、これまで憎んできた人間を実は深く愛していたことに気づき、銃殺されていく。一族の抱える孤独を語るうえでも象徴的なエピソードです。
サンタ・ソフィア・デ・ラ・ピエダ
終盤まで掘り下げられることがほとんどない、いるかいないかわからないような主婦。しかし、数十年にわたり家族の面倒を見続けた陰の立役者だと思います。
そんな彼女も、ウルスラの死後どんどん荒廃していく家に対してギブアップ宣言。とうとう失踪してしまいますが、「これまでよく頑張った。もういいよ」という気持ちでした。
17人のアウレリャノ
戦争中、大佐と17人の女性の間に生まれた息子たち。「幼妻を失ってやけになってないか?」なんて考えてしまいましたが、英雄のもとに娘を送り込むという独特の習慣が背景にあったようです。
正妻のレメディオスは妊娠中に死亡。独身ぞろいの17人のアウレリャノも次々と虐殺されていきます。直系の子孫が途絶えてしまったという点でも大佐は孤独なのかもしれません。そしてそこが大佐らしい気もします。
※次の記事に続きます。