今回はユーモアミステリー『殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス』をご紹介します。太宰治の『走れメロス』のパロディ作品です。
概要
書店でこのタイトルが目に飛び込んできた瞬間、これは読まねばと思った一冊。内容はタイトルそのままです。
王と交わした約束により、3日で首都へ戻らなければならないメロス。時には挫けそうになりながらも、親友セリヌンティウスのために走り続け……そして合間に殺人事件に巻き込まれ足止めを食ってしまう、というストーリー。
概ね原作通りの行程ではありますが、セリヌンティウスと町中でばったり再会したり、山賊に遭遇するのが川を渡る前だったり、時系列が前後している箇所があります。
私が本作を絶妙だと思っているのは、何より『走れメロス』をモチーフにしたという点です。
まず、教科書に載っていることが多いので、たいていの人があらすじを知っている(そして再読していない人は適度に細部を忘れている)ので物語に入りやすい。
それに加えて多少無茶な展開も「まあメロスだしな」で済ませられるキャラクター性は大きいのではないでしょうか。
主な登場人物
メロス
構成要素の半分は正義の心、もう半分はフィジカルな主人公。すぐに力業で解決しようとするし思い込みも激しいが、悪い奴ではない。
セリヌンティウス
メロスの旧友。昔からインテリと評判で、シラクスに居を移した今は石工界のカリスマ的存在となっている。
ディオニス王
邪知暴虐な王。ナルシスト気味で、自分がモデル(ただし本人と違ってマッチョ)の石像を大量に飾っている。
プラトン
哲学者。王の疑心暗鬼ぶりがひどくなったのは彼が教育係になってからだという。原作には登場しないキャラクター。
内容紹介と感想
メロスは推理した
自分の命は惜しくはないが、死ぬ前に妹イモートアに家庭を持たせてやりたい。村に帰ったメロスは花婿ムコスおよびその両親ギフスとギボアを説得し、翌日結婚式を挙げる運びとなった。
ところが休息も束の間、早朝に悲鳴が響き渡った。駆けつけてみると、羊小屋の中でギフスが殺されているではないか。この扉を開け閉めできるのはメロスと妹だけのはず。つまりこれは密室殺人!?
相棒のイマジンティウス(「妄想から生まれたイマジナリーな存在」という理由でメロスが命名)にサポートしてもらいながら、推理を進めるメロス。それでもかなり迷走し、村の佳き人たちからツッコミが入る始末です。
現場がメロス所有の羊小屋ということで疑いをかけられたりもしましたが、自分が犯人ならこんな回りくどいやり方はしない、という反論には妙に説得力がありました。
犯人はネームドキャラクターの牧人フエニス(縦笛が得意)か大工コトダロス(竪琴が得意)のどちらかなんだろうな、というメタ推理が可能になっている点はさておき、登場人物の名前や立場が覚えやすいのは助かりますね。
識字率だとか建物の材料だとか当時の豆知識が挿入されるのも面白いところ。古代ならではのトリックが楽しめます。
メロスは約束した
遡ること4日前。買出しのためシラクスを訪れたメロスは、王の悪行を知り、激怒した。「呆れた王だ! 生かしておけぬ!」
メロスは衝動的に城へ乗り込もうとするが、竹馬の友セリヌンティウスに呼び止められる。
──どうやら友人宅でワヰンを飲んだ後、酔いつぶれてしまったらしい。翌朝、目を覚ますと、なぜか噴水のそばにいた。そこでメロスは門衛が何者かに殺害されたと聞き、義憤に駆られて捜査に乗り出す。
被害者キラレテシスは、城に侵入しようとした賊に短刀で斬りつけられました。目撃者ミタンデスによると、賊は顔だけ布で隠しており、たくましい体は全裸で、尻に獣にかまれたような傷があったとのこと。変質者そのものです。
しかし、ここで早くも予想外の展開に。実はメロスにも似たような傷があるうえに、愛用のクールな短刀を紛失していたのです。単なる偶然なのか、それとも……。
この後なんやかんやあって王の前に引っ立てられ、一時帰郷する間セリヌンティウスを身代わりとして置いていこう、とメロス自ら申し出ます。
原作を読んだときにも同じ感想を抱いたのですが、顔を合わせるやいなや「ちょっと用事があるから、しばらく人質になっててくれない? 俺が約束の時間までに戻れなかったら代わりに処刑されちゃうけど。絶対帰ってくるからさ」(意訳)とか言い出す友人は嫌ですねえ。
まあ、人間的にちょっとどうなんだ、と思う部分もあるメロスがちゃんと帰ってきたからこそ感動するわけですが。
メロスは奮闘した
村を出発したメロスは、順調に全行程の半分あたりまでやって来た。ところが森の中でまたしても死体を発見してしまう。
そこへ現れたのは山賊の頭領ゾクノボス。彼は部下ダボクデシスを殺した犯人を見つけてほしいと依頼してくるが……。
当時としては珍しく文字の読み書きができるゾクノボス。しかし、まっとうに働くでもなく、「山賊の手引き」作成に高級品の紙を使用するなど、教養も資源も無駄遣いしているとメロスは憤慨します。
古今東西、その知性や労力を犯罪ではなく世のため人のために使えばいいのに、と思ってしまうケースってありますよね。
それはともかく、今回はどうも仲間内に犯人がいるようなのですが……?
第1話の感想では、名前の有無で容疑者をしぼれるようなことを書きました。が、そんなことは作者も織り込み済みだったのか、第3話はなんと叙述トリック。意図的に犯人の名前が伏せられているというパターンでした。
シフト表には4人の名前がある、ボスは見張りをしない、という情報がちゃんと出ていたのにもかかわらず、ぼんやりしていました。この話は自力で犯人に気づけてもよかったのに、少し悔しいです。
メロスは入水した
昨日の豪雨で川が氾濫しているが、躊躇している暇はない。メロスが激流へ飛び込む覚悟を決めたその矢先、陰気な男の姿が目に入る。
入水自殺しようとしていた男は小説家で、オサムスと名乗った。彼は借金のカタに友人を旅先に置いてきたものの、金を工面する当てがないのだという。
あきれたメロスは警吏にあとを任せて出発しようとするが、今度は溺死体を発見してしまう。すると先程の男が泣き叫んだ。
「……彼は、私の無二の親友……カズオウスです」
今回は太宰治とその友人・檀一雄をモデルとしたキャラクターが登場します。やりたい放題ですね。2人が旅先でやらかした一件は「熱海事件」として有名。
作中に出てくるセリフ「待つ身がつらいかね、待たせる身がつらいかね」も、このとき太宰が檀に対して言った言葉がもとになっています。檀を放置して井伏鱒二宅で将棋を指していたのだから、ひどい話です。
詳細は檀一雄の『小説 太宰治』を読むべし。そんじょそこらのフィクションよりインパクトがある実話が満載です。
さて、第4話は創作活動の悩みが動機に関係ありそうです。
第4話は、読者の先入観を利用したお話でした。オサムス=死にたがりの陰鬱な男、カズオウス=筋骨隆々の男、という証言を額面通り受け取ってしまったのは名前のモデルがいたからです。
実際にはメロスが出会った男がカズオウスで、溺死した男がオサムス。ポジティブな小説「人間合格」を書いた本物のオサムスが、本心では創作のことで死ぬほど思い詰めていた、という真相がまた意外でした。
メロスは激怒した
全力疾走するメロスに若き石工が声をかけてきた。聞けば、セリヌンティウスは、王の側近を殺害した容疑でメロスの到着を待たずして処刑されそうになっているという。
メロスは真犯人を捕まえてみせると宣言するが、余興好きの王に日没までという条件を付けられてしまう。
最後はハウダニットミステリー。事件後に警吏たちが城内をくまなく捜索したものの、賊はどこにも見当たらなかったそうです。真犯人はいかにして城に潜入し、また逃げおおせたのでしょうか。
また、被害者のダモクレスは謁見の間で王様ごっこ(王の恰好をして玉座に座る)をしていたらしく、ターゲットを間違えた可能性が出てきます。
それにしても、日が傾き始めてから完全に沈むまでやたら長いような。もしかするとこの世界の1日は24時間ではなく30時間くらいあるのかもしれません。
メロスと似た傷を持つプラトンは「木を隠すには森、マッチョを隠すにはマッチョ」といった寸法で王の石像コレクションの中に紛れていました。主人公が殺人犯ではなかったことも確定して一安心です。
そして、イマジンティウスは本物のセリヌンティウスで、城に捕まっているはずの方が幻でした。
疑問ではあったんですよ。失礼ながら、「あのメロスの脳から出力されたイメージが的確なアドバイスをできるものなのか?」と。しかし、話の都合だろうと流してしまいました。結局、この第一印象は間違っていなかったわけです。
イモートアたちが戸惑っていたのは、メロスが見えない誰かに話しかけているからではなく、セリヌンティウスのことを「イマジンティウス」などと変な名前で呼んでいたからなんでしょう。
コミカルな作風ゆえにすっかり油断し、まんまとだまされてしまいました。振り返ってみると、これまでのエピソードは最終話で明かされる真実のヒントにもなっていたのですね。
おわりに
あれこれ書いてきましたが、改めて原作を読んでみて思ったのは「やっぱり『走れメロス』は名作だ」ということ。話の運びも言葉選びも秀逸で、怒涛の勢いで展開される物語は、タイトルの「走れ」にふさわしい内容です。
本作を読んだ後は、ぜひもう一度『走れメロス』を読んでください。
両者の細かい違いをチェックしつつ読むのも楽しいですし、本作はさまざまな観点からおすめできるミステリーです。




