ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』ほか

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今回ご紹介するのは、サイバーパンク、仮想現実(バーチャルリアリティー)、夢等の「もうひとつの現実」をモチーフとするSF作品です。

前回紹介した『ユービック』がお気に入りだという方は、以下の作品も好みに合うのではないかと思います。

ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』(1984)

神経系を傷つけられ、電脳空間に行くことができなくなった元コンピュータ・カウボーイのケイス。乱れた生活を送っていた彼のもとに危険な仕事が舞い込んできました。能力再生と引き換えにこなさなければならない任務とは一体……?

本作はサイバーパンクの先駆けとして知られています。世界をまたにかける探索が繰り広げられるのですが、物語のスタート地点は日本の千葉だったりします。作中ではその方面の技術が進んでいるという設定で、ケイスは治療目的で千葉を訪れているのです。

読む前はなぜか「ハードボルド風の小説で主人公は30~40代くらいかな」と想像していた私。実際のところはどうであったかというと、主人公は20代前半と若く、スキルはあるものの精神的には青臭い面がある、というキャラクターでした。そして、そこがケイスの弱点であり、魅力でもあります。

作中で特に印象的だったのは〈ニューロマンサー〉が登場するシーン。終わりの風景と言うべきか、始まりの風景と言うべきか、いずれにせよ夢のような不思議な世界に心を奪われます。

ちなみに、タイトルNeuromancerは、neuron(ニューロン:神経単位のこと)、necromancer(ネクロマンサー:魔術師・死霊使いなどの意)、new romance(新しいロマンス)と、複数の意味がかかっている造語です。

なお2024年3月、Apple TV+でのドラマ化が決定したと発表がありました(配信開始時期は不明)。原作が世に出てから実に40年、今回が初の映像化となるそうです。現在の映像表現技術を用いたビジュアルがどのようなものになるのか、楽しみですね。

ダニエル・F・ガロイ『模造世界』(1964)

映画『13F』(1999)の原作。主人公は、市場調査を目的とするシミュレーターの開発にあたっています。この施策を実施したらどのような成果が得られるか、市民からの反発はあるか。そういったことをテーマに、コンピュータ内の仮想社会で模擬実験をするわけです。

仮想人物たちがきちんと自我を持っている点で、ゲームの『ザ・シムズ』や『シティーズ:スカイライン』等をさらに発展させたようなイメージですかね。

同僚が行方不明になったことを発端として、主人公の周囲ではおかしな事件が続くようになります。息をもつかせない展開に最後まで目を離せません。

ただ見方を変えると、結果的に「ヒロインによる理想の彼氏ゲット大作戦」になっているような気も……?

岡嶋二人『クラインの壺』(1989)

新作VRゲーム〈クライン2〉のテスターをすることになった主人公。アルバイトの少女が失踪したことを疑問に思い、ひそかに調査を進めようとしますが……。

タイトルの由来である「クラインの壺」というのは、表と裏の区別がつかない曲面のこと。現実世界(表)と仮想世界(裏)を行き来するうち、どちらが本当の現実なのかわからなくなってしまう、という本作の内容を端的に表しています。

本作の最初の刊行は、なんと1989年。当時としては相当目新しいアイデアを用いた小説だったのではないでしょうか。同作者の『99%の誘拐』もそうですが、その時々の最新テクノロジーをストーリーに組み込む手腕、着眼点に感心してしまいます。 

フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968)

『ブレードランナー』(1982)の原作小説。映画版の退廃美を感じさせる街中の描写は、『攻殻機動隊』をはじめとする後発のサイバーパンク作品にビジュアル面で強い影響を与えました。

詳細は下記のリンク先をご覧ください。

『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995)

士郎正宗原作・押井守監督作品。舞台はサイボーグや電脳化といった技術が普及している近未来。

『攻殻機動隊』シリーズは、漫画・映画・テレビアニメ等メディア展開によって設定やキャラクター像が微妙に異なっており、本作の場合はハッカー〈人形使い〉の追跡を軸としています。

主人公は、公安9課と呼ばれる特殊部署に所属している草薙素子(くさなぎもとこ)。脳等の一部を除いて全身サイボーグ化しており、それゆえにアイデンティティの揺らぎに悩んでいます。

監督の作風が色濃く反映されており、魂に関する問答など哲学的な要素が見られる点は本作の大きな特徴と言えるでしょう。

海外での評価も高く、2017年にはスカーレット・ヨハンソン主演で実写化されました。また、『マトリックス』にも大きな影響を及ぼしているそうです。

『マトリックス』(1999)

ウォシャウスキー姉妹監督作品。哲学者ヒラリー・パトナムのいう「水槽の脳」(brain in a vat)のような話が出てきます。

主人公は凄腕ハッカー〈ネオ〉という裏の顔を持つサラリーマン、トーマス・A・アンダーソン。彼は最近、起きているのか夢を見ているのかわからない、そんな感覚に悩まされていました。

発信者不明の奇妙なメッセージを受け取った後、謎の女性トリニティーに出会ったネオは、この世界は仮想現実〈マトリックス〉、カプセルの中で見ている夢に過ぎないことを知らされますが……。

仮想現実の舞台は20世紀末でしたが、目覚めた先は遥か未来。人間は機械によって栽培され、乾電池状態で眠ったまま一生を終えるというのですから、ぞっとしますね。

本作では、機械vs人間という伝統的なSFの構図をベースとしながら、そこにスタイリッシュなアクションやミステリアスなストーリーが組み合わさり、斬新な世界観が展開されていきます。「救世主」や「トリニティー」(三位一体)など、キリスト教の要素が取り入れられている点も意味深です。

2003年の続編『マトリックス リローデッド』および『マトリックス レボリューションズ』をもっていったん完結と相成った本作ですが、2021年の新作『マトリックス レザレクションズ』でネオたちが再び帰ってくることになりました。うーん、キアヌ・リーブスはいつ見てもかっこいい。

筒井康隆原作・今敏監督『パプリカ』(2006)

帯に「ヤバい方のパプリカ」と書かれたことのある同名小説が原作のアニメ映画です。

物語のキーとなるのは、夢を共有可能にする画期的な装置〈DCミニ〉。これが何者かに盗まれ、悪用されてしまいます。

悪夢を見せられた研究員たちは、精神を壊され、目を覚まさないままの状態に。そこで、サイコセラピストの千葉敦子(ちばあつこ)は夢探偵〈パプリカ〉に変身し、調査に乗り出します。

現実と夢の世界が入り乱れる様は圧巻の一言。パプリカが縦横無尽に現実世界・仮想世界を飛び回るオープニングだけでも一見の価値あり。平沢進作詞・作曲の「白虎野の娘」「パレード」といった音楽がはまっていて、また最高なんですよね。

本作の顔と言えばパプリカなのでしょうが、私はDCミニの開発者である時田がわりと気に入っています。肥満体で子どもっぽい性格をしているというのに、「もう一回話してみようじゃないか。友達だろ?」のシーンでは俄然かっこよく見えてくる不思議。

敦子のようなクールなキャリアウーマンが彼に惹かれるのも何となくわかる気がします。方向性は違うものの自分と同じように天才で、それでいて自分にはない純粋さを持っているわけですから。

最終的には、パプリカというスパイスが加わることですべてが丸く収まります。パプリカは、敦子に足りない何かを補ってくれる存在なのでしょうね。

『インセプション』(2010)

クリストファー・ノーラン監督作品。主人公コブは、他人の夢に侵入してアイデアを盗み出すことを得意としています。ただし、今回の仕事はいつもと逆──相手の潜在意識にある考えを植え付ける〈インセプション〉でした。コブは仲間を集め、万全の体制で任務に臨もうとしますが……。

夢の世界が何層にも分かれており、上の階層と下の階層で時間の流れ方に差があるという設定が独特で面白いですね。夢の設計、体験できるものならやってみたい。

ヒロインである設計士の名前がアリアドネなのは、迷宮のような夢世界のイメージと、亡き妻に対する罪悪感にとらわれているコブをサポートする役回りにぴったりです(ギリシア神話のアリアドネは、ミノタウロス退治のため迷宮に入るテセウスに糸玉を与え、脱出の手助けをしました)。

ラストの解釈については意見が割れているようですが、私自身はポジティブに捉えています。コブは解放され、新しい生活に向かうのだろう、と。

なお、本作はボルヘス著『円環の廃墟』(『伝奇集』収録)に着想を得ているそうです。また、上述の『パプリカ』に登場する粉川刑事が見る悪夢にそっくりな場面などもあり、これらの作品と見比べてみるのも新しい発見があってよいと思います。

『ミッション:8ミニッツ』(2011)

ダンカン・ジョーンズ監督作品。主人公は、乗客全員が亡くなった列車爆破事件の犯人を探るため、事件発生前の8分間を繰り返します。

あらすじだけ見ると、「主人公が犯人を突き止めて未来が変わり、ハッピーエンド」という展開を予想してしまいそうになります。しかし、事態はそう単純ではないのです。

同じようにループものとして分類される作品であっても、ループの仕組みにはいろいろなパターン(タイムマシンや超常現象によるものなど)が見受けられますが、本作の真相はかなりショッキング。

とは言え、ただただ主人公がかわいそうなだけでは終わらないのが本作のよいところです。どんでん返しが待ち受けているので、その内容はぜひご自身の目で確かめてください。

『レディ・プレイヤー1』(2018)

スティーブン・スピルバーグ監督作品。原作はアーネスト・クラインの『ゲームウォーズ』(原題:READY PLAYER ONE)。多くの人々が暗い現実から目を背け、VRワールド〈オアシス〉に夢中になっている2040年代が舞台となっています。

オアシスの創始者ハリデーは、隠しアイテム〈イースターエッグ〉を手に入れた者に莫大な財産とオアシスの所有権を与える、という遺言を残しました。しかし、5年経った今もクリア者は現れていません。やがてVR内の抗争は現実世界へと波及していき……。

序盤からテンポよく物語が進み、映像美やアクション要素を前面に押し出しているので、あっという間にオアシスの世界にひたることができます。メインストーリーそのものは存外ベタに感じられるかもしれませんが、懐かしさと新しさが共存している本作に関して言えば、かえってそこがいいと思えます。

登場するアバターや装備がもう何でもありといった感じで、そこも大きな見どころです。たとえば、キティちゃんが歩いていたり、ホラー映画『シャイニング』の世界に突入したり、キングコングに襲われたり、ガンダムが発進したり……。

膨大な小ネタの数々は、製作陣が古今東西のポップカルチャーを好きなだけつめ込んだかのよう。作中の時代設定は、オアシス創始者がちょうどコンピュータゲームの歴史とともに歩んだ世代になるように、という意図もあるのではないでしょうか。

ちなみに、終盤登場する「バラのつぼみ」というキーワードは、『市民ケーン』からの引用です。それは、新聞王として名をはせた男が亡くなる際に残した謎の言葉。『市民ケーン』同様、本作も故人の人生をたどる物語としての一面を持っていることを踏まえると、しっくりくる言葉選びですね。

テッド・チャン『あなたの人生の物語』(1998)

2016年の映画『メッセージ』(原題:Arrival)の原作小説。

本作は二つのパートから構成されており、読み始めは戸惑ってしまいました。

ひとつは、地球外生命体ヘプタポッドとコミュニケーションをとるため、言語学者ルイーズが研究を進める話。ヘプタポッドはかなり特殊な言語体系を持っており、それに触れるにつれ、ルイーズは不思議な体験をすることになります。

もうひとつは、二人称小説とも呼べそうな物語。母親が「あなた」=娘の人生を綴っています。

これらが交互に描写されていき、やがて二つの物語のつながりが明らかになります。

エイリアンとのコンタクトや、言語と思考の関係性をめぐるSF描写に目を引かれるのはもちろんですが、それ以上に「あなた」の物語が心に残ります。個人的には、映画のタイトルより原作のタイトルの方が絶対いいと思うんですけどねえ。

それにしても、ラストのルイーズは一体どんな気持ちでいるのでしょう。結末はわかっている、それでも大好きなお話だから、また読みたくなる──そんな娘の言葉を思い出さずにはいられません。運命は変えられないとしても、ルイーズや「あなた」にとっては「今」がすべて。今この瞬間に目を向けて生きることが大事なのだろうと思います。