チャールズ・ダーウィンの『種の起源』を一度くらいは読んでみたいと思いつつ、「なんだか難しそうだし、分量もあるしなあ」と躊躇して手を出せずにいました。
そんなとき見つけたのが、今回ご紹介する『超訳 種の起源』と絵本版『種の起源』。これでまずは概要をつかもうという寸法です。
『超訳 種の起源 ―生物はどのように進化してきたのか―』
本書は、技術評論社のtanQブックスのうち特に若い世代向けに書かれた「14歳の教室」シリーズのひとつです。
メインは、ダーウィンの『種の起源』全14章を各10~20ページ前後でコンパクトにまとめた「超訳」(解説にあらず)。そこに、ダーウィンの生涯について簡単に紹介した「訳者まえがき」、各章末の補足説明、「付録 その後の進化論」を加えた構成です。
ここでは、自身の覚え書きも兼ねて、一部の章をピックアップしていきたいと思います。
なお、超訳本編に出てくる生物学用語は「 」、その他は〈 〉でくくって区別していますので、ご参考になれば幸いです。
ダーウィンという人物
本筋に入る前の前書き部分もなかなかに面白いものがありました。
元々は医者を目指していたものの血が怖くて断念したダーウィン。しかも次の仕事候補は牧師さんだったというのが、科学者のイメージとのギャップが大きくびっくりです。
また、ビーグル号の航海の途上、当初は生物学でなく地質学に関心を寄せていたというのも意外でした。残念ながら、アルキメデスよろしく「エウレカ!」とガラパゴス諸島で叫んだということはなかったようです。しかしながら、ここで得たさまざまな知識や経験がのちの進化論の土台となったことに変わりはありません。
ダーウィンが自然選択説の着想を得てから、実際にそれを公表するまでの間におよそ20年の歳月が流れました。そこには、聖書の教えと対極にある考えを抱くことについての葛藤、世間から反発を受けることへの恐怖があったのかもしれません。
うすらぼんやりした宗教観しか持たない私には、その苦しみは想像しがたいところがあります。が、新しい風を吹き込むという行為には、いつの時代であってもとてつもない労力が必要とされるのでしょうね。
さて、『種の起源』が世に出たことで大きな転換期を迎えた生物学の分野。ダーウィンの学説は一体どのようなものであったのか、本編の内容を見ていきましょう。
自然選択(第4章より)
家畜や農作物の品種改良などの変化は、人の手が介在しているので「人為選択」(第1章で詳述)と言います。ダーウィンは、これに対して自然界で見られる変化を「自然選択」と名付けました。生物は周りの環境に適応する(自然界における居場所=〈ニッチ〉を確保する)ために、ゆっくりゆっくり変化します。
なかには「地理的隔離」によって独自の進化を遂げる例もあります。ガラパゴス諸島がそうですし、島国である日本も同様です。このような地域の場合、ライバルが少ないので「生存競争」(第3章で詳述)はさして激しくなりません。
日本の環境に適しているはずの固有の生物がなぜ外来種に駆逐されていくのか、私は以前不思議に思っていました。しかし、この地理的隔離のくだりを読んだところ、ご当地チャンピオンが世界を相手にしてきた歴戦の強者に敗れるイメージが浮かび、納得がいくようになりました。
繁栄と滅亡を繰り返し、枝分かれするように多様性を増していく生物の進化。この過程の模式図を、ダーウィンは「生命の樹」と呼びました。前回紹介したSF小説『星を継ぐもの』でも散々問題になっていた進化の系統のあり方です。
また、自然選択の章では、雌雄の外見的特徴の差異に関する「性選択」という考え方も出てきます。環境による進化とは関連性のない、クジャクの飾り羽などがこれに当たります。プラスアルファの個性としてすばらしい羽を持っていると女子にもてる、つまり子孫を残しやすいわけですね。
生物変化の法則(第5章より)
「個体差」(第2章で詳述)の発生→自然選択により好ましい性質が子孫に受け継がれる、という繰り返しが連綿と続いてきたことは歴史的に明らかです。しかし、そもそもなぜ個体差が生じるのかという点に関しては、ダーウィンが残した課題のひとつとなりました。
当時の科学技術のレベルを考えるとやむをえないのでしょうね。他国の研究者と情報共有をするといったことも、現代のように簡単にはできませんし。
現在では、個体差が生まれる主要因は、遺伝子の〈突然変異〉(付録で詳述)であることがわかっています。これは、『種の起源』刊行から約50年後の20世紀初頭、オランダの学者ド・フリースが提唱した説から展開したものです。
本能(第7章より)
本能に関する章では、カッコウの托卵やミツバチの巣、アリの生態などが実例として挙げられています。
とりわけ働きアリはすべて雌だが不妊であるという事実は、ダーウィンにとって悩ましいテーマでした。アリの組織で見られるのは、個体としてではなく、グループ全体としての子孫繁栄なのです。
このように、アリやハチなど分業化の進んだ昆虫を〈社会性昆虫〉と言います。彼らは各々の役割に特化しすぎるあまり、もはや単独で生きていくのが困難な状態になっています。ほかの生物と比較すると奇妙な生態を持っているように思えますが、これもまた「種」(第2章で詳述)が生き抜くうえでの効率性やメリットが追求された結果なのでしょう。
生物の分布と分類、結論(第11~14章より)
第14章はこれまで述べられてきた内容の総括となっています。極端な話、ここだけ読むというのもありでしょう。小説ではないので、律義に最初から読む必要はありませんしね。
生物は共通の祖先から枝分かれして各地で変化していったというのがダーウィンの考え方のベースです。創造主の関与を否定するというのは、当時の読者にとっては衝撃的であったことでしょう。
どこか不完全、未完成とさえ思われる生物。人間は特異な存在ではなく、地球上に存在する数多の生物の一種に過ぎず、ほかの生物と相互にかかわりあいながら生きている。
訳者の夏目氏の前書きにもあるように、ダーウィンの『種の起源』はほかの生物と対等な目線に立つということを教えてくれるのです。
『ダーウィンの「種の起源」:はじめての進化論』
まず絵本ということで、著者サビーナ・ラデヴァ氏による美麗なカラーイラストが全ページにわたって掲載されているのが何よりの魅力でしょう。視覚的・直感的に読者の理解を促してくるのが特長です。もちろん進化論についての要点もすっきりまとまっています。
ただ、漢字が多用されているほか、元が英文のせいか文字も小さめであるため、小学校低学年くらいまでのお子さんが一人で読むのは難しいかもしれません。
また妙な話ではありますが、この絵本で初めて進化論を学ぶよりも、ある程度知識のある状態で読んだ方がよいのではないかとの感想を抱きました。ほかの本を読んだ時点では頭の中でごちゃついていた情報を、この本の端的な解説を見ることで整理する──学校の授業でいえば、教科書と併用することで図説や用語集が効果を発揮するような感じでしょうか。
おわりに
超訳を読破後の感想は「大体わかったような気がする」です。あれだけ読みやすく書かれているにもかかわらず、「よくわかった!」と言えないところが面目ない。
まずは関心のある章を完訳で掘り下げてみる、というのが今後の方針です。ほかの章に関する話題が出てきたら超訳で軽く確認、再び完訳に戻る、という作業を繰り返せば理解が深まるのではないでしょうか。
「なんとなくわかった」でも「全然わかっていない」状態よりは一歩前進しました。進歩の著しい学問分野ですから話題には事欠きませんし、生物学に関するニュースも、これまでとは違った姿勢で見聞きできると思います。