アイザック・アシモフ『鋼鉄都市』

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今回ご紹介する『鋼鉄都市』(原題:The Caves of Steel)は、1953年に発表された長編小説。〈ロボット工学三原則〉を組み込んだストーリーが魅力のSFミステリーです。

あらすじ

宇宙市(スペース・タウン)で前代未聞の大事件が起こった。惑星オーロラのサートン博士が熱線銃で殺害されたのだ。

地球外法権や強大な軍事力を持つ宇宙人とのトラブルは避けなければならない。地球側としては迅速に犯人を逮捕し引き渡したいところではある。

本件を担当することになったニューヨーク・シティの刑事ベイリは、宇宙国家側の指定したパートナーがロボットのR・ダニールであると知り、難色を示すが……。

メインキャラクター

イライジャ(ライジ)・ベイリ
40代の私服刑事。ロボット嫌いではあるが、任務に忠実で責任感が強く、今回の仕事を引き受けることに。家族に妻ジェシイと一人息子のベントリイがいる。

R・ダニール・オリヴォー
サートン博士が自身に似せて作った新型ロボット。製作者が死亡したため同型のロボットは存在せず、学習途中で捜査を任されることになった。

ジュリアス・エンダービイ
宇宙人相手の渉外係として重宝されている警視総監。懐古趣味があり、眼鏡を愛用している。ベイリにとっては大学の先輩でもある。

ロイ・ネメヌウ・サートン博士
オーロラ人。ロボット学専攻の社会学博士。シティにダニールタイプのロボットを配置する計画を立てていた。

ハン・ファストルフ博士
163歳のオーロラ人。宇宙市側の捜査担当者でロボット工学の専門家。ベイリに対し、人類とロボットが協力して進める宇宙開拓の可能性を示す。

ジェシイ
栄養士助手。過去のある一件以来、フルネーム(ジェゼベル)の使用を避けるようになった。どこかでダニールの正体を知ったらしいが……?

内容紹介と感想

未来の地球と宇宙国家連合

ここでは物語の前提となる設定について説明しています。地球と宇宙国家の関係性には現実の国際問題に通じる面も見られ、興味深いですね。

地球に点在する「鋼鉄の洞窟」

『鋼鉄都市』は、その名の通りコンクリートと鋼鉄で覆われた洞窟のような「シティ」を舞台とする物語です。

私だったらお日様の下を歩けないのも、新鮮な食べ物を食べられないのも絶対にいやですが、それが常態化しているのが未来の地球。逆に生のリンゴを口にする際、ベイリが抵抗を感じる場面もあるほどです。

シティは、食糧問題をはじめ人口過密による問題をいくつも抱えています。配給制の食事(酵母肉等)、等級による格差、子どもを産める人数の制限……ディストピアとまではいかないものの、人々は何かと窮屈な生活をしているように思われます。

しかし、現代の日本も格差社会とよばれて久しいですし、事情は違えど戦時中には配給制もありました。中国に目を向ければ人口抑制策(一人っ子政策)だって存在しましたし、作中の状況は絵空事ではなく、案外身近な話題といえるのかもしれません。

作品発表から70年の時を経て世界人口80億人も現実のものとなりました。今は亡き作者がその事実を知ったとしたら、どのような感想を持ったのでしょうね。

保守化する宇宙国家

宇宙人といっても、本作の場合は謎の生命体などではなく、他の星に移民した人類の子孫。しかし、今では価値観(宇宙人は無宗教で超合理主義)や生活様式、技術レベル、平均寿命などの点で大きな違いがあり、それが地球人との衝突の一因となることも。

一方、宇宙人も決して一枚岩ではありません。たとえばファストルフ博士は、極端な安定化が保守的志向、停滞につながっていることを懸念しています。

守りに入ってチャレンジをしない、通称「大企業病」なんてものが現実にもありますが、その宇宙開拓バージョンですね。

そして宇宙国家最大の問題は、地球とは反対に過疎化が進んでいること。また、身の回りから病原体の類を一掃した結果、地球上の病気に対する抵抗力は皆無です。このため、地球人と接触する際は慎重にならざるをえません。

R(アール)=ロボットへの反発

過疎化の影響もあり、人型ロボットが社会を構成する一部となっている宇宙国家。ここで「地球でもロボットを広めたい宇宙人」vs「これに反感を覚える地球人」という対立構造が生まれてしまいます。

ベイリの身近なところでもR・サミイと入れ替わりにクビになった若者がいるように、地球では多くの失業者が出るようになりました。

そして世界各地でロボット破壊騒動があったり、懐古主義者の地下組織が存在したりと不穏な動きが。今回の殺人事件でテロの可能性が考慮されているのもうなずけます。

産業革命期のラッダイト運動(機械打ちこわし運動)、今ならAI問題等もありますが、移行期というのはトラブルが起きがちなものなのでしょうね。

R・ダニール誕生

ロボット導入計画を進めるにあたり情報収集をしたい宇宙人たち。しかし前述の通り、直接シティに出向くとなると病気にかかるリスクがあります。

そこで地球の生活をつぶさに観察できるよう考案されたのが新型ヒューマノイド・ロボット、R・ダニールです。

その精巧さはR・サミイなどとは比べ物にならず、地球におけるロボット学の権威、ジェリゲル博士でさえ騙されるほど。人間と違うところもあるにはありますが、予備知識があって初めて気づける細部の話です。

それだけに、ジェシイら一部の地球人に彼がロボットだとばれてしまったのが不可解なのですが、その理由とは……?

SFミステリーとしての面白さ

犯人は人かロボットか

サートン博士殺害事件について推理しようとすると、いくつもの困難にぶつかります。

まず、犯人が高速走路を使って正面から宇宙市に向かったならば、入念なチェックが行われるため、武器は持ち込めません。

非正規ルートでの侵入は、物理的には可能であるものの、精神的なハードルが伴います。荒野を横断するなど、シティで暮らす者には狂気の沙汰としか思えない行動なのです。

もちろんロボットであれば、いくらでも野外を歩いていけるでしょう。しかし、ロボット法第一条(同作者の『われはロボット』等にも登場する〈ロボット工学三原則〉のひとつ)により、ロボットに人間を傷つけることはできないはずです。

ベイリの推理

こうした状況を踏まえて、どうにか整合性のとれた説明をしようと、数回にわたり推理を披露するベイリ。

しかし、読者視点だと「残りのページ数からして、今回は間違っているんだろうな……」とわかってしまいます。そして、自信満々に見当違いの犯人を指摘し、エンダービイに大笑いされてしまう迷場面を、何とも言えない気分で見守ることに。

ただ、推理ミスをしていてもベイリの着眼点はなかなか面白く、多重解決ミステリー的な味わいもありました。

真相に関しては、明らかになってみると存外シンプル。結果的には、地球人と宇宙人の文化の違いなどが目くらましになっていたと言えそうです。

バディ小説としての魅力

好奇心とロボット

本作で私が好きな場面のひとつは、ダニールがロボットだと知った直後、普段は紳士的なジェリゲル博士が「分解せんばかりの勢いで」彼を調べようとするくだり。

関心のある分野に対して興奮を抑えられないあたり、いかにも研究者といった感じです。新しいロボット像を提示されたことで、ヒューマノイド・ロボットの製作や導入に対する博士の意欲は増したのではないでしょうか。

ベイリもまた、ダニールと過ごすうちに彼に興味だけでなく敬意さえ抱くようになりました。ダニールの人柄(ロボ柄?)によるところも大きいとはいえ、好奇心というのは好意の始まり、コミュニケーションを続ける原動力なのではないかと思います。

希望ある未来へ

人間の刑事とロボットのコンビが活躍するということで、本作を人気ゲーム『Detroit: Become Human(デトロイト ビカムヒューマン)』の原型のように感じる方もいることでしょう。

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当初はしぶしぶだったベイリですが、ダニールのことを徐々に相棒として認めていくところがいいですよね。

同時に「なぜベイリが選ばれたのか」ということも、物語を通して伝わるようになっています。さまざまな思惑も絡んでいましたが、ファストルフ博士は、ベイリのある種の大胆さを目にし、彼を率直に話し合える相手だと評価しました。

ダニールのようなロボットとともに地球人が再び宇宙に飛び出していく──最終的にベイリは、息子たち次世代の人生に希望を見出すようになります。

何万年も前、初期人類は自然洞窟で暮らしていましたが、新しい人類史もまた「鋼鉄の洞窟」を出るところから始まるのかもしれません。

おわりに

『われはロボット』は短編集でしたが、本作は殺人事件を扱った長編サスペンスということで、ミステリーとしてはより本格派の趣があります。

SFミステリーが好きな方、ロボットが登場する作品が好きな方は、続編の『はだかの太陽』『夜明けのロボット』等もあわせて読んでみてはいかがでしょうか。