バーネット『秘密の花園』

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『秘密の花園』(原題:The Secret Garden)は、『小公女』や『小公子』で知られるフランシス・ホジソン・バーネットの代表作のひとつです。

※本記事では新潮文庫の畔柳和代訳を参考にしています。

あらすじ

流行り病で両親を亡くし、親戚の屋敷に引きとられることになった少女メアリ。彼女は、おじが封印していた「秘密の花園」を偶然発見し、ひそかに手入れを始めるが……。

内容紹介と感想

『秘密の花園』は名作ですが、差別的ともとれる表現が目につく箇所もあります。ただしこれに関しては、100年以上前(1911年発表)の小説であること、出版社の断り書きにもあるように歴史的背景等を考慮しなくてはなりません。

また、メアリがインド(当時はイギリス領)育ちである点や、彼女の両親がコレラにかかって亡くなった点などにも、時代が反映されています。

そして、メアリが突然ひとりぼっちになるところから、この物語は幕を開けるのです。

偏屈者のメアリさま

10歳のメアリ・レノックスは、不愛想でわがままで、顔色が悪く、やせっぽちの女の子。

本書を読み始めたばかりの頃は、ヒロインがこんなに性格が悪くてよいのだろうか、と思ったものです。しかし、それはメアリの育った環境に大きな問題がありました。

彼女の両親は、仕事で忙しいレノックス大尉と子ども嫌いのレノックス夫人。メアリが泣いたりしようものなら夫人の怒りを買うため、使用人たちはメアリの機嫌を損ねないように気をつかっていました。結果、暴君のような少女のできあがり。

お嬢さまの面倒をみるのは、もっぱら乳母(家庭教師もいますが、メアリの横柄さに耐えかねて誰一人長続きせず)。それ自体は当時の上流階級では普通だったとしても、メアリに両親と会話した記憶がろくにないというのは、さすがに寂しすぎるように思いました。

なお、作中に登場する「偏屈者のメアリさま/貴女あなたのお庭はどんなふう?」の歌は、マザーグースのひとつ(Mistress Mary, Quite Contrary)。作者の頭にこの歌があったからこそ、ヒロインは「メアリ」という名の「偏屈者」になったのでしょうね。

ヨークシャでの成長

おじのクレイヴブン氏に引きとられたメアリは、ミセルスウェイト邸で暮らし始めました。イギリスのヨークシャ地方、荒野(ムーア)の端に建つ築600年のお屋敷で、敷地内には庭園もたくさんあります。

自室にいても特にすることのないメアリは、毎日のように外へ出かけ、いつの間にかすっかり健康体に。

また、世話係であるマーサが、女中として正規の教育を受けていないのが逆によかったのでしょう。素朴な田舎娘である彼女は物言いがはっきりしており、ほどなくしてメアリは身の回りのことを自分でできるようになりました。

以前は薄情で他者に対して無関心だったメアリ。何なら自分自身のことさえ好きではなかったのですが、今では好きだと思える相手がずいぶん増えました。マーサに、彼女の話に出てくる「母さん」やディコン、気難しい老人でメアリと似た者同士の庭師ベン、秘密の花園を住みかにしているコマドリ。

読み進めていくうちに、私もメアリのタフなところがだんだん好きになってきました。

ディコンと動物たち

マーサの実家は14人の大家族で、経済的には豊かではありません。しかし、子どもたちは親からの愛情をたっぷり受けて元気に育っています。こうした家族像・子ども像は、メアリ(および後述する少年)のそれと対照をなすように描かれているのでしょう。

マーサの弟のひとりであるディコンは、メアリと年が近く、12歳。客観的に見て整った顔立ちとは言えないのですが、明るく親切な男の子で、メアリはそんな彼を美しいとさえ思いました。

また、動物の友達がたくさんいるディコンは、ウサギ、カラス、子ギツネ、赤ちゃんヒツジなど、毎回さまざまな生き物を連れて現れます。そういった描写も本作を読んでいてワクワクするポイントのひとつです。

子どもだけの秘密の花園

10年前にクレイヴブン夫人が急死したのは、お気に入りの庭で負った怪我が原因でした。愛妻を亡くし失意の底にあったクレイヴブン氏は、問題の庭を封鎖。鍵はどこかに埋めてしまいました。

時は流れて現在。コマドリの掘り出した鍵をメアリが発見しました。

それから、メアリはひそかな楽しみとして庭の手入れを始めます──庭が再びバラであふれ返ることを期待して、こっそり、コツコツと。途中からはディコンも手伝ってくれるようになりました。

この庭は周りを高い塀で囲まれており、「誰にも居場所はわからないという感覚」を味わえる点がとりわけメアリを満足させます。

子どもだけの秘密基地、隠れ家が持つ魅力というのは、普遍的なものなのかもしれませんね。それに、広々とした場所で思う存分ガーデニングができるなんて、大人でもうらやましくなってしまいます。

かんしゃく持ちのラージャ

屋敷内でメアリは何度か謎の泣き声を耳にしていました。その正体は、なんとクレイヴブン夫妻の息子コリン。メアリと同い年のいとこです。

コリンの振る舞いは、さながらインドの若いラージャ(王さま)。彼は病弱で、甘やかされて育ったためにわがままで、親の愛情不足で──要するに、ほんの少し前のメアリにそっくりだったのです。

部屋にこもりきりのコリンの体力は落ちる一方。横になっていると彼の中で嫌な想像ばかりが膨らんでいき、生きる気力も乏しくなるという悪循環に陥っていました。

コリンとけんかしたとき、メアリはディコンの悪口を言われて腹を立てます。他の人のために怒るなんて、以前のメアリでは考えられなかったかもしれません。彼女の成長ぶりがうかがえます。

さらに、ヒステリーを起こしたコリンに対して強硬な態度に出るメアリ。とうとうコリン本人が思い込んでいるほど病状はひどいものではない、と気づかせることに成功します。

このようにお坊ちゃんのコリンにずばりと指摘できるのは、立場的にも性格的にもメアリだけだったでしょう。ある種、毒をもって毒を制したような格好ですね。

春の訪れと〈魔法〉の力

メアリの成長はある程度書き切ったためか、物語後半はコリンの描写に重点が置かれるようになっていきます。

秘密の花園の話はコリンの興味を引きました。

自然の中で運動する、同年代の友達と遊ぶ、そしてたくさん笑う。庭での楽しみは、心と体の健康にとってよいことばかりです。特に、コリンのようなタイプには効果てきめんでした。

 この世界で生きていてたいそう奇妙なことの一つに、いつまでもいつまでも生きると確信できるのはごくまれだということがある。(中略)
 高い塀に囲まれた、隠された花園の中でコリンが初めて春を見聞きし、感じたときもそんな体験をした。

秘密の花園に足を踏み入れた瞬間、コリンに不思議な変化が生じました。自分は必ず回復する、いつまでも生きる、そう思えたのです。自然の美しさに心動かされたその時、少年の中で何かが芽生えたのでしょう。

そして、メアリはおまじないの言葉を唱えます。「きっとできる!」
花園には〈魔法〉が満ちていました。

母なるものの愛

物語終盤、スーザン・サワビー(マーサのお母さん)が秘密の花園に姿を現します。愛情深い彼女は、コリンをわが子同然に抱きしめ、「お母さまァこの花園におられます」と言いました。今でもクレイヴブン夫人はコリンを見守っている、と。

スーザンはとても賢い人でした。それは学問上の知識があるということではなく、人生において、そして子どもたちにとって必要なことをよく心得ているという意味で、です。

彼女は、陰日向になってずっと子どもたちのフォローをしてくれていましたが、最後にまたいい仕事をします。外国にいるクレイヴブン氏に宛てて、ミセルスウェイト邸へ帰ってくるよう手紙を書いたのです。

父帰る

夢の中で聞いた妻の呼び声に導かれるように、道中を急ぐクレイヴブン氏。しかし、10年は長すぎた、もはや手遅れなのではないか、という考えが頭をよぎります。

妻は亡くなり、赤ん坊は生き延びた。そのことでクレイヴブン氏は複雑な思いを抱き、息子と向き合うことを避けてきたのです。

けれども、最初から遅すぎると決めつけるのは「間違った〈魔法〉」でした。

一方、この数か月間、子どもたちはよい〈魔法〉を実践し続けていました。そして、秘密の花園にたどり着いたクレイヴブン氏が目にしたのは……。

おわりに

秘密の花園の姿は、メアリの心のありようともリンクしていると思われます。

最初はメアリ1人だけの世界。次にディコン、さらにコリンが加わって子ども3人になり、最終的にはベン、スーザン、クレイヴブン氏といった大人たちも庭に足を踏み入れるようになりました。

庭の再生は、それだけメアリの心が豊かになり、交友関係が広がったことを意味しているのかもしれません。

本作は、メアリやコリンが「覚醒」していく物語。秘密の花園のバラはただ眠っているだけでした。同様に、彼らの奥底には元々光るものがあり、それがようやく花開いたのです。

健やかな明るさや愛情を取り戻した子どもたちは、太陽に向かって植物が成長するように、これからはきっと明るい未来に向かって歩んでいくことでしょう。