『ズボン船長さんの話』は、『魔女の宅急便』や『小さなおばけ』(アッチ・コッチ・ソッチ)などの人気シリーズを生み出してきた角野栄子さんが描く冒険物語です。主人公の男の子は、七つの海をまたにかけた元船長さんから9つの話を聞くことになります。
夏らしい物語ということで、私が昔から好きな作品をひとつ。年の差を超えた友情っていいですよ。
あらすじ
小さい頃からぜん息に悩まされてきたケン。お医者さんのすすめで、今年の夏休みは空気のきれいな海辺の町で過ごすことになりました。
すぐそこの岡の上に元船長さんが引っ越してきてからというもの、ケンはそちらが気になって仕方ありません。だって船長さんときたら、緑色のズボンを旗代わりに上げているのですから。
船長さんの口笛を合図であると判断したケンは、岡の上の家を訪ねます。そこでズボン船長さんは、宝物にまつわる思い出をケンに教えてくれました。
船長さんの宝物は、コップに入ったみどり色のもの、鳥の羽根、アルミのおなべなどで一風変わっています。そのそれぞれが持つ物語について言葉を交わすたび、船長さんとケンの心は大海原へと乗り出していくのです。
メインキャラクター
ケン
小学4年生。元来引っ込み思案の性格でしたが、ズボン船長さんとの交流を通してひと夏の間に大きく成長することに。
ズボン船長さん
長年「ズボン号」の船長を務めてきたという、白いもじゃもじゃひげのおじいさん。家をズボン号2世にするべく改築を進めています。
フィフィ
船長さんの相棒。金色の目をした黒猫ですが、口のまわりは船長さん同様白くてもじゃもじゃです。
みち代さん
ケンのお母さん。心配性のところもありますが、息子の成長を温かく見守っています。
一平さん
気立てのよい、ケンのお父さん。独立したての構造設計士で多忙な身の上です。
内容紹介と感想
タイトルの『ズボン船長さんの話』は、「ズボン船長さんが語ってくれた話」「ズボン船長さんという人物についての話」、どちらの意味にもとれますね。
久しぶりにこの本を読み返したら、なんだか序盤から切ない気持ちになってしまいました。ワクワクするけれど、同時に胸が締め付けられるような思いや一抹の寂しさがこみ上げてくる、そんな物語です。
海の苔船(こけぶね)のこと
ズボン船長さんが駆け出し時代に遭遇した事件です。船長さんは、甲板のぬれた跡を不審に思います。また、奇妙な図柄が描かれた手帖を拾ったのですが、持ち主が名乗り出てきません。放浪研究家によると、その手帖は「五つ星海賊」のものらしいのですが……。
海賊相手に決闘を挑むあたり、船長さんも若いですね。水跡の謎は明かされましたが、手帖の秘密については終盤のエピソードまでおあずけとなりました。
ちなみに作中に出てくる赤道祭(せきどうさい)というのは、実際に存在するお祭りだそう。仮装したり海水をかけあったり、とても楽しそうな行事です。
ドードー鳥の羽根のこと
今回の舞台は、サトウキビ畑でいっぱいの通称「おさとう島」。インド洋にある小さなこの島で、絶滅したはずのドードーらしき鳥が発見されたことから大騒ぎになります。船長さんは、ヨーロッパから鳥類学者、動物園の園長、サーカスの団長を乗せて現場へ大急ぎです。しかし学者だけなぜか元気がありません。その理由とは?
船長さんの機転が光る回。あの結末がベストだったのだと私も思います。
人のことをとやかく言えた義理ではありませんが、金にがめつい大人っていやですねえ。
柄のとれたおなべのこと
南米の港町で出会った、愉快な靴みがきの少年ジョジョ。彼はいつも、身近にある道具を使ってタイコを披露してくれます。おなべ片手にジョジョに弟子入りした船長さん、いい「たたき虫」を飼っているとのことで、なかなかの高評価です。船長さんは、いっしょにカルナバル(地元のお祭り)に参加しないかとジョジョに誘われますが……。
このエピソードについて多くは語るまい。
私は、歌や楽器が得意な人がとてもうらやましくなる時があります。国だとか言葉の壁だとかそんなもの全部飛び越えて、たくさんの人と友達になれる力を持っているのですから。
茶色にひからびた種のこと
今回のお客さんはモルダビアの魔術団。といってもメンバーは団長にワニ、生気のない片目の子猫の3名だけ。団長シェンシャラーはマジックショーに備えてワニの食事にとても気をつかっているのですが、そのことが原因でケチャップ好きの料理長と一触即発の事態に……。
シェンシャラーみたいにケチャップをチョコレートソースに変えることができたとしたら、すてきですね。もちろんケチャップもおいしいですが、オレンジシャーベットのケチャップがけはさすがにどうかと思いますよ、料理長。
またこのエピソードでは、もう片方の目玉をはめられたとたんシャキッとして空中浮遊する子猫の姿が妙に印象に残りました。むろん船長さんも仕掛けを知りたがりますが、シェンシャラーにはこう返されるだけでした。
ズボン船長さん。この世の中にはね、たまごをのむように、ぺろりとまるごと信じたほうがいいものも、あるんですよ。だってなにもかもわかってしまったら、つまらなくありませんか。
前回紹介した映画『ビッグ・フィッシュ』にも通じるようなセリフですね。
このシェンシャラー、小物なのか大物なのか判断しがたいところではありますが、面白い人です。船長さんは、不思議の多い海という場所で生きるというのは、つまりそういうことなのだとケンに語ります。
四角い石のこと
ヨーロッパから南米へ向かう途中、海底から奇妙な音が聞こえてきました。チャールズ卿は、この現象をアトランチスやポンペイの伝説と結び付け、大はしゃぎですが……。
放浪研究家ことチャールズ卿が再登場です。このころには世間的にも「不思議屋」として名を知られるようになっています。好奇心の塊のような人物ですが、世界の七不思議を35個見つけたというのは、ちょっとどうなんでしょう。
今回登場するハーモニカ島の伝説は、『ひょっこりひょうたん島』にも似ていますね。
人間なんて物ともせず、目の前から去っていく伝説の存在──届きそうで届かない、それもまたロマンなのかもしれません。
古いぶどう酒のびんのこと
今回は、一時期ズボン号で船医をしていたソックラテスとともに体験したお話。酒好きの彼は、「目の覚めるような病気にあいたい」という変人です。
ある時、ポルトガルのお城を訪れた船長さんとソックラテスは、地下の酒蔵へ続く階段を偶然発見しました。その後、船内で妙な出来事が続き……。
密航者の正体は、まさかのまさかでした。漫才のような勘違い、行き違いが面白い話です。
それにしても治療の報酬を使って「消えた」ソックラテス先生、今はどこで何をしているんでしょうね。
三輪車のペダルのこと
ニューへブリーズ諸島で嵐に遭った船長さん。そこに現れたのがおしゃべりな少女ネネンでした。彼女が所属するスットビサーカス団は、嵐でサーカスのテントその他一式を失ったとのことで、船を舞台として1日貸してほしいというのです。船長さんはお手伝いで宣伝パレードを任されますが、どうせなら本番でもっと華のある活躍をしたいと考え……。
今回はかなり冷や冷やする流れでした。船長さんの身から出た錆ですが、まあ結果オーライということで。
また、台風のように周りをかき乱して去っていく、ネネンの勢いがすごかったですね。まさに台風一過。その分、お別れした後はなんだか物足りない気持ちにもなりそうです。
海賊の手帖のこと
五つ星海賊の手帖のことがずっと気になっていた船長さんは、南カリブ海にある海賊の基地に向かいました。ところがそこは陽気な女たちが暮らす裕福な島で、やや拍子抜けしてしまうのですが……。
待ちに待った宝探し回。手帖や宝の地図の真相にはびっくりです。
やっていることはあれですが、おっちょこちょいなところがあったり身内思いであったり、この海賊一派は相変わらず憎めません。
黒猫フィフィのこと
夏休みももう終わり。数々の「航海」を経てすっかりたくましくなったケンを見て、うれしく思いつつも少し寂しいみち代さん。これが親心というものでしょう。
そして、とうとうケンと船長さんのお別れの日がやってきます。
最後の話は、イタリアにおけるフィフィとの出会い。船長さんが一度だけ無断で船を離れたときの話でした。
当時の船長さんは恋に悩んでいました。相手の女性は「夫とはいつもいっしょにいたい」と言っていますが、船長さんは船乗りをやめたくありません。そんな折、占い師の娘ミミに案内され、船長さんは旅の荷馬車で彼女のばあさまと顔を合わせます。
ミミの亡くなった祖父は船乗りでしたが、ばあさまのために海を捨てたのだそうです。ばあさまは夫の船乗り時代の服を今でも大切にしています。金色のボタンのついた黒い服を……。
びっくりするようなフィフィの誕生譚。でもミミのばあさまには「こういうこともできてしまうのかもしれない」と思わせるだけの凄みがあります。
そして、船長さんの決断。イタリアの青い海に浮かぶレモン色の船──最後を飾るのにふさわしいエピソードです。
おわりに
他人がぱっと見る限りでは意味不明ながらくた。でも当人にとってはかけがえのない宝物。自分だけの宝物というのは、得てしてそんなものではないでしょうか。
ケンはこの夏の間に宝物を手に入れました。これからもたくさんの宝物を見つけていくことでしょう。そして、その宝物の1つ1つに大切な思い出と物語が詰まっていることでしょう。
私たちもそんな宝物を見つけていきたいですね。