ボルヘス『バベルの図書館』『砂の本』

アルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘス。その生涯の長きにわたり図書館勤めをしていた彼は、ウンベルト・エーコ作『薔薇の名前』に登場する図書館長のモデルにもなっています。

今回は、その作品の中から『バベルの図書館』と『砂の本』の2つを紹介したいと思います。

『バベルの図書館』

あらすじ

物語の語り手は、ほどなく人生を終えようという老齢の司書。彼がその一生を過ごしてきたのは巨大な図書館(彼自身は宇宙と呼ぶ)の中である。六角形の回廊が続く塔には、どの階にもきっちり同じサイズの本棚があり、まったく同じ体裁の本が同じ数だけ収まっている。それでいて、同じ本は二冊とないのだ。

内容紹介と感想

バベルの塔

『バベルの図書館』(『伝奇集』等に収録)は、上下に延々と続く図書館が舞台です。どこまでも続く広大な建造物というのは、不気味さと同時に不思議な魅力も感じさせますね。

「バベルの塔」といえば、ブリューゲルの絵を思い浮かべる方も多いでしょう。あちらは、垂直方向だけでなく全体的に巨大ですけれど。人間が驕って天高く塔を造ろうとしたところ、神が元は一つだった言語をばらばらにし、人間も各地に散ることになった、というのがバベルの塔の伝説。

図書館学において、分類学や言語学は重要な位置を占めていることと思います。塔の外見的特徴は言うに及ばず、図書館の成り立ちからして「バベル」の一語がタイトルに用いられているのもうなずけるというものです。

司書らの一生

この世界の司書たちは、もっぱら本の研究に没頭し、最期は手すりから塔の中心を貫く換気孔の中へと放り投げられてその生涯に幕を下ろします。上下を結ぶらせん階段で塔の内部を「旅行」する者もいますが、結局は限られた範囲でのことです。

ストーリー上は司書という役職ですが、図書館に一生を捧げる彼らの姿は、どこか殉教者めいたところがあると感じます。また、ボルヘス自身の人生にも重なるのかもしれません。

図書館という〈宇宙〉

この図書館では、どの階も構造はまったく同じです。近い階層の様子はわかりますが、それ以外は伝聞から想像するしかありません。

誰も確かめたことはないが、おそらく同じような回廊がずっと続いているのだろう、という考え方は、なんだか数学の帰納法みたいですね。しかし私たちの暮らす宇宙のことだって、人の目で実際に確かめることができるのはほんの一部です。

さらに回廊が六角形というのも気になる点です。身近な自然界においても、雪の結晶や蜂の巣など、六角形の構造はしばしば見られますよね。この作品世界では、自然発生的に塔ができあがったのかもしれない、六角形なのも必然性があってのことかもしれない、なんて想像してしまいます。

やはり語り手の呼ぶように、それは一つの〈宇宙〉というのにふさわしいのでしょう。

【追記】後日、「宇宙の大規模構造」(泡構造とも)という銀河の分布についての考え方を知りました。宇宙には天体のほとんどない空洞部分が存在し、その様子が石けんの泡や蜂の巣のように見えるんだとか。『バベルの図書館』が書かれた当時にはなかった理論ですが、真ん中の換気孔=空洞を取り囲むように図書館=〈宇宙〉が形成されている設定など、不思議な符号もあるものですね。
らせん階段があること、各階の本の数がまったく同じであることなどは、むしろ記憶媒体という点で書物と共通点を持つ染色体・DNAを想起しますが。
いろいろと考えられて、本当に面白い作品です。

『砂の本』

あらすじ

ある日の暮れ方、見知らぬ男がわたしのアパートを訪ねてきた。聖書を売っているという男が見せてくれたのは実に奇怪な本だった。同じページは二度と目にすることはできず、どこまでもページが湧いて出る。ページ番号に法則を見出すこともできない。

内容紹介と感想

『バベルの図書館』とは対極の存在ともいえるのが『砂の本』です。前者では無限に本があるのに対し、後者では無限のページを持つ本が一冊だけ存在しています。

すべてが一冊の本につまっている。始まりも終わりもないページの連なりは捉えどころがなく、つかもうとしても指の間からこぼれ落ちていく砂のようです。

最終的に「わたし」は、この本を怪物とみなすようになり、手放すことに決めます。実際、このような本が存在したとしたら、とても人間の手に負えるものではありません。

おわりに

『バベルの図書館』と『砂の本』、反対のようで似ているところがあると思います。それは、今目の前に提示されているのが、あるものの一部を切り取ったにすぎないという感覚。見えない残りの部分がどこまでも広がっているかのような感覚です。

短編小説を好んで書いたボルヘス。短い文章の中に濃縮された、幾何学的な印象さえ受ける世界観。そこにあるのは断片であり全て。これは、その他のボルヘス作品を読んでも共通してみられる特徴ではないでしょうか。