加藤元浩『Q.E.D.―証明終了―』

『Q.E.D―証明終了―』は、高校生コンビがさまざまな事件に挑むミステリー漫画。理数系の話題がよく取り上げられている点も特色で、前回紹介した『数の悪魔』とも共通する数学雑学が多くみられます。

タイトルの由来でもある「Q.E.D.」(ラテン語のQuod Erat Demonstrandumの略。議論が終了したことを示す用語)の文字列が解決編の前に必ず挿入されるのですが、その演出が毎回おしゃれです。

主な登場人物

燈馬 想(とうま そう)
マサチューセッツ工科大学(MIT)卒の天才少年。思うところがあって日本の高校に再入学した。MIT時代の専攻である数学はもちろんのこと、ジャンルを問わず知識が豊富。

水原 可奈(みずはら かな)
刑事の娘で、明るく元気な高校生。困っている人は放っておけない性格で、持ち前の行動力と抜群の運動神経で活躍する。

どこから読む?

『Q.E.D』全50巻に加え、主人公たちが3年生に進学した続編『Q.E.D. iff』も刊行中と、あまりのボリュームに読むのをためらってしまう方もいらっしゃるでしょう。しかし実際のところ、それほどハードルは高くないと思います。

というのも、本シリーズは基本的に独立したエピソードが各巻に2話ずつ収録されており、メインキャラクターについてある程度把握できたら、どこから読んでも問題のない構成となっているためです。

まず1巻を読んで気に入ったら、MIT時代の重要な事件「魔女の手の中に」(10巻)とそれに絡んだ現在の事件「虹の鏡」(12巻)前後までは順番に読むのがよいでしょう。さらに、主人公2人の微妙な関係性の変化という観点でなら「サクラサクラ」(16巻)まで。メインキャラクター関連は、このあたりで一区切りついた感があると思います。

一方で、「手っ取り早く名エピソードを読みたい!」という方もいらっしゃるでしょう。そんな場合は『THE BEST SELECTION』がおすすめ。有栖川有栖・田中芳樹・辻真先選の3冊(電子書籍)が出ています。有名作家のお墨付きなだけあって、いずれも秀逸な作品ばかりです。

このほか、紙書籍のみですが、「数学×パズル編」などテーマ別の傑作選もあります。

内容紹介と感想

仮面をつけた怪人による事件が発生!……なんてことはそう起きず、同じミステリー漫画の『名探偵コナン』や『金田一少年の事件簿』と比べると、内容が少々地味な『Q.E.D』シリーズ。しかし、その手堅さ・安定感こそが本作の良さでもあります。

ここでは、『Q.E.D』50巻の範囲で個人的に印象に残ったエピソード、好きなエピソードをご紹介します。

奇妙な最期

銀色の瞳(1巻/辻真先SELECTION)

娘の花嫁姿を見ることなく他界した人形師・七沢克美。その人形館オープンを前にして、悪徳業者にだまされたと気がついた関係者たちは……。

このままいいようにされてしまうのかと思いきや、状況は一転。問題の男は、銀色の瞳をした等身大の人形の前で倒れてしまうのです。

芥川龍之介の『藪の中』のように、関係者3人の証言が食い違うという展開。しかし、嘘をついた事情はずいぶん異なっており、そこがこのエピソードの魅力のひとつではないかと思います。もちろん、真相も藪の中では終わりません。

Serial John Doe(7巻/辻真先SELECTION)

遺伝子工学、航空工学で成功を収めていたMIT時代の同期が次々と変死を遂げた。「数理分野で狙われるとすれば燈馬では?」と友人は心配しているのだが……。

数学者が犯人候補のミステリーといえば、ヴァン・ダイン作『僧正殺人事件』を思い出します。あちらに関しては「正気を失ったかのように装った冷徹な犯人かと思いきや、やっぱり正気を失っている人」という感想を抱きましたが、「Serial John Doe」の犯人は一貫して危ない人ですね。動機が常人の理解の範疇を超えています。

ちなみに、John Doe(ジョン・ドウ)というのは「名無しの権兵衛」のようなもので、読者視点だと最後まで犯人の本名は謎のままです。

無限の月(20巻/有栖川有栖SELECTION)

マフィアのボス4人が、内部抗争で立て続けに命を落とした。それも、最後に死んだ男が最初に死んだ男に襲われたとしか思えない奇妙な状況で……。
心臓病で亡くなったはずの友人から届いた「Φの場所で待つ」というメッセージは、事件と関係があるのか?

『数の悪魔』第9夜にもあった、整数と偶数(あるいは奇数)はどちらが多いのか、という問題が登場します。「偶数は整数の半分しかないのでは?」と考える方もいらっしゃるでしょうが、実は答えは同じ。どちらも無限に存在するため、差がつきません。

そして、そんな「無限」なるものに取り憑かれ、心を壊す数学者もいました。
数学者はロマンチストで、医者は現実主義者。そう語っていた友人が最後に見た風景はどんなものであったのか。ラストシーンが目に焼き付いて離れない、そんな一篇です。

甦る過去

過去の事件について推理をめぐらせるストーリーに魅かれます。下記以外ですと、「褪せた星図」(3巻/田中芳樹SELECTION)、「量子力学の年に」(『Q.E.D. iff』1巻)などもインパクトがありました。

光の残像(5巻)

フリーマーケットで購入した古いライカには数枚の写真が残されていた。元の持ち主を探したどり着いた村で、壁に塗り込められた白骨を発見する燈馬たち。さらにそこは、「千里眼少女」が住んでいた場所でもあった。

カメラの構造を利用したトリックが二重三重に仕掛けられているところが面白いエピソードです。蔵の中にいながら外の様子をぴたりと言い当てる千里眼少女の秘密とは? 持ち主を名乗る三兄弟の険しい表情が意味するものは? ラストまで展開に目を離せません。

凍てつく鉄槌(9巻/田中芳樹SELECTION)

跳ね橋が30年ぶりに動かされることになった。中央の開閉部分で遺体が見つかったためだ。様子を見に来た燈馬と可奈は、そこで不思議な老人に出会う。
「あの遺体‥あれはワシの仕業だよ これが真実かどうか見極められるかね?」

奇妙なことに、遺体は橋が閉じられた5年後に製造された腕時計をつけていました。また、遺体のポケットには「ケーニヒスベルクの橋」(すべての橋を一度しか渡らずに回れるか、というパズル)の絵が。

それは、帝大卒の老数学者からの挑戦状。証拠があったとしても「引き分けにもっていく自信はあった」という彼は覚悟が段違いで、それゆえにもはや手出しできないところにいるのです。このあたり「銀の瞳」と似た印象を持ちました。
それにしても、まさかあの描写が伏線だとは……。予想外でびっくりです。

夏のタイムカプセル(26巻)

可奈が小学生の時に埋めた宝箱が偶然見つかった。しかし、その中に入っていた野球のボールが、ほかの誰かの宝物であったような気がしてならない。可奈は曖昧な記憶を頼りに当時の同級生や担任の先生を訪ねるが……。

人間の記憶というのは、本当にあてになりません。時には完全に忘れていたり、また時には自分の都合のいいように捻じ曲げて認識していたり、あるいは他者と記憶が一致せず話が平行線のまま終わったり。

このエピソードでは、最初は小学生らしい笑えるやり取りとしか思えなかった箇所が、真相を知るとまったく別の様相を呈してきます。とても切ない気分になりました。

忘却は人間の心身にとって重要な機能のひとつでもありますが、やはり大事な思い出はいつまでも心に留めておきたいものですよね。

人間花火(28巻)

「隣の家に死体が見えた」「この死体の絵を描き続けたら 人の命を踏み越えられる その力を自分のものにできるはずだ」──著名な花火師が少年時代に描いたスケッチは、九相図を思わせる不気味なものであった。そのような絵が描かれた背景とは一体? そして今、再び悲劇が繰り返されようとしていた……。

人間、何が怖いって、正体がわからないものが一番怖いんですよね。それが妖怪であれ何であれ、とにかく原因について説明がつけば、ある種の安心感が得られます。

理想の花火づくりに没頭し、闇に飲まれた花火師に対して下された診断は「ツポビラウスキー症候群」。最初は「何それ?」と思ってしまいますが、最後まで読むと、お医者さんが「闇を封じ地獄に落とすまじないだ」と言った理由がよくわかります。

日常の謎・コメディ系

コメディ要素の強いミステリーも好きなので、同好会登場回は大体気に入っています。

名探偵“達”登場!(18巻)

いわゆる日常の謎を扱っている回。消えたチーズケーキ、鏡に浮かび上がる少女、女子トイレから聞こえる怪しい声の謎を追います。ついでに燈馬くんがひどい音痴であることも発覚。

今回が初登場の探偵同好会メンバーは、女王様的性格の江成姫子(通称クイーン)、自称理論派の長屋幸六(通称ホームズ)、怪奇趣味の盛田織里(通称モルダー)。トンデモ推理ばかり連発するトラブルメーカーであるとはいえ、皆いつも楽しそうで何よりです。

このほか、探偵同好会のメンバーがかかわるエピソードは以下の通り。

  • 江成さんのおばあさんの身に危険が迫る「多忙な江成さん」(20巻)
  • 後輩に部室を乗っ取られる「宇宙大戦争」(25巻)
  • 金庫泥棒に加担させられそうになる「エレファント」(29巻)
  • 演劇部の推理劇に参加する「クリスマス・プレゼント」(35巻)
  • 燈馬くん・可奈ちゃん・江成さんの3人がミステリツアーを体験する「密室No.4」(40巻/有栖川有栖SELECTION)
  • 本物の事件現場を目撃してしまう「チューバと墓」(44巻)

また『Q.E.D. iff』では、大学生になった彼らが再登場しています。

狙われた美人女優、ストーカーの恐怖 絶壁の断崖にこだまする銃声 燈馬と可奈はずっと見ていた(21巻)

ここ最近の収入減少が気がかりな女優・渚幸代。世間からの注目を集めようと、マネージャーとともにある作戦を決行するが……。

サスペンスドラママニアの刑事さんが、女優さんをストーカー被害から守るべく奔走します。タイトルもそれっぽい雰囲気ですね。
一時的に大ピンチに陥りますが、終盤はお約束の崖も登場してハッピーエンド。転んでもただでは起きないスタンス、好きです。

『C.M.B.』シリーズとのコラボ

『C.M.B. 森羅博物館の事件目録』の主人公・榊森羅(さかきしんら)は、なんと燈馬くんの従弟。「ファラオの首飾り」(Q.E.D. 28巻/C.M.B.6巻)および「バルキアの特使」(Q.E.D.41巻/C.M.B. 19巻)では共演を果たしています。

『C.M.B.』シリーズはタイトルに博物館とあるだけあって、歴史・文化にまつわるエピソードが多い印象です。