エーリヒ・ケストナー『エーミールと探偵たち』

児童文学・絵本
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『エーミールと探偵たち』は、『飛ぶ教室』や『点子ちゃんとアントン』で知られるドイツの作家エーリヒ・ケストナーの代表作のひとつです。
大都会ベルリンを舞台に、少年たちが追走劇を繰り広げます。

あらすじ

ベルリンに住むおばさん一家のもとで休みを過ごすことになったエーミール。ところが、行きの列車の中で大切なお金を盗まれてしまいます。なんとかお金を取り戻そうと、エーミールはどろぼうを追いかけるのですが……。

内容紹介と感想

お話が始まる前のお話

やたらと前置きが長い本作。しかし、その前置き部分がまた面白い!

当初は南洋小説を書いていたケストナー氏でしたが、クジラの足が何本であったかわからず筆が止まってしまいます。その後、ボーイ長さんの助言もあり、心機一転して身近な街を舞台にすることに決めました。それが功を奏し、現代まで読み継がれる名作『エーミールと探偵たち』が生まれたわけです。

続いて登場するのは、ちょっとしたコメント付きの10枚のイラスト。断片的にではありますが、これからどんな人物が登場するのか、どんな場所で事件が起こるのかを知ることができます。要は映画の予告編と同じです。家族やお友達といっしょに展開を予想し合ってから、本編に進んでみるのも楽しいかもしれません。

大都会でひとりぼっち

主人公のエーミールは、母親想いのがんばり屋さんですが、それなりにいたずらもします。いま気になるのは、先日銅像に落書きした件。「こんな悪さをするぼくの話なんて信じてもらえないかもしれない」と考え、警察に行くのをためらってしまいます。 

そこでエーミールは、自力でどろぼうからお金を取り戻そうと行動を開始しました。おばあさんといとこが待っている駅の手前で降りてしまったので、お金もなければ知り合いもいない状態です。

何しろ都会ですから、大勢の人が行き来しています。けれど、エーミールの様子を気にかけてくれるような大人はろくにいません。周りにたくさん人がいるのにひとりぼっちというのは、かえって孤独感が増すように思われます。

このように子どもが一人きりでどろぼうに立ち向かおうとするシチュエーションは、映画『ホーム・アローン』のようでもありますね。南海大冒険やジャングル探検に負けないくらい、都会という舞台もスリルに満ちています。よく知っている場所の出来事だからこそ読者の興味をかき立てるはずだ、と言っていたボーイ長さんの着眼点の鋭さには脱帽しました。

少年探偵団結成

立ち往生しているエーミールの前にクラクション少年のグスタフが現れたところから、物語は大きく動き出します。このグスタフは、いかにも昔ながらのガキ大将といった感じのキャラクターで、無駄に大きい顔をしているわけではなく、とにかく顔が広いのです。彼の一声(実際はクラクションの音)で、なんといっきに20人以上の子どもたちが集まりました。これは実に頼もしい。

ここからは、なけなしのお小遣いと知恵を出し合い、みんなで手分けしてどろぼうを尾行することになります。途中、タクシーに乗り込んで「前の車を追ってくれ」なんて展開も。機会があるなら一度くらいはやってみたい、サスペンスドラマの定番ネタですね。

みんなちがって、みんないい

父さんは言うんだ。父さんがいっしょにいても、おんなじことをするかなって、いつも考えろって。きょうも、そうするだけだよ。

エーミールに協力するにあたり、こんな発言をしていた「教授」というあだ名の男の子。どろぼうの泊まっているホテルを見張っている最中、彼とエーミールは、自分の住んでいる町や家族についておしゃべりします。

ここでのやり取りから、どちらか一方の町や家族がより優れているとかそんなことはなく、それぞれの良さ、それぞれの形というものがあることがわかります。二つの家庭の様子は大きく異なっているものの、どちらもとても仲良しです。もちろん、短所がまったくないわけではないのでしょうが、それでもやっぱり金子みすゞの詩のように「みんなちがって、みんないい」のだと思います。

今回の作戦だって、行動力のあるグスタフ、頭脳派の教授、連絡係のディーンスターク、ほかにもたくさんの子どもたち、それぞれがそれぞれの良さを出し、役割をちゃんと果たしたから上手くいったのです。エーミールは、お金を盗られたのが逆に幸運だと思えてくるほどに、すばらしい仲間に恵まれました。

大団円

ついに直接対決の時を迎えたどろぼうと少年たち。どろぼうが持っているのがエーミールのお金だという証拠はあるのか、と銀行員に尋ねられた際、最後の決め手になったものとは……? みなさんがこの物語を読むときは、列車の中でのエーミールの行動をよく覚えておいてくださいね。

終盤にかけてのどろぼうの追い詰め方は、非常に秀逸かつ痛快です。本人の意図しないところで「ハーメルンの笛吹き男」状態になっているどろぼうの姿は、ほんの少しだけかわいそうではありますが。

一件落着してようやくおばあちゃんたちに会えたエーミール。おばさんの家で食べる手作りアップルパイも、お店のホイップクリームてんこもりのサクランボケーキも、どちらも本当においしそう。新しくできた仲間たちもいっしょなのですから、なおさらです。

最後に、お話を全部読み終わったら、もう一度10枚の絵のページを見直してみましょう。「こんなことまで書いてあったなんて!」と、きっとびっくりしますよ。

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