ジョナサン・スウィフト『ガリヴァ旅行記』

近現代文学
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今回ご紹介するのは、ジョナサン・スウィフトの風刺小説『ガリヴァ旅行記』(原題:Gulliver’s Travels)。

絵本や低学年向けの児童書、映画等では原作後半が省かれていることも多く、小人国ないし大人国までのエピソードしか知らないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

後半も含めた原作のストーリーは、極端に言えば「冒険野郎ガリヴァが、度重なる航海を経て、最終的に馬だけがお友達の引きこもりになってしまう話」なのです……。

※本記事では新潮文庫の中野好夫訳を参考にしています。

リリパット(小人国)

ここは有名どころなので、比較的さらりと書いています。

小人の住む国

1699年、船医のガリヴァは、リリパットという小人の国に漂着します。目覚めると体を縛りつけられており、周りには身長6インチ(約15cm)弱の小人たちが! 

ウルトラマンやゴジラの視点というか、ジオラマの中に立っているような気分になりそうですね。

ガリヴァにとってこの国のパンは鉄砲玉程度の大きさしかないので、なかなか満腹になりません。そんなわけで、リリパット人は大食漢の「人間山」(ガリヴァの通称)の処遇に頭を悩ませます。

第2編以降もそうですが、衣食住をはじめとする現地での暮らしぶり、政治・社会制度等の描写の細やかさが物語にリアリティや厚みを加えている点は本作の見所のひとつです。

人間山の冒険

リリパットは、卵の割り方問題を発端として隣国ブレフスキュ(イギリス風の前者に対しフランス風)と抗争中でした。ガリヴァは、敵艦隊をすべて綱でつないでリリパットの港まで引っ張ってくるという大活躍をします。

他方で、宮殿で火事が発生した際、ちょうどトイレに行きたくなっていたガリヴァがとった消火活動の方法(お察しください)が皇妃の不興を買ってしまいました。

さらに、彼を良く思わない政治関係者の存在などもあって立場が悪くなりつつあったガリヴァは、政争に巻き込まれるのはもううんざり、とばかりにブレフスキュへの訪問を機に小人国を去ります。

ブロブディンナグ(大人国)

好奇心に駆られ、性懲りもなく再び航海に出たガリヴァですが……。

巨人の住む国

1703年、ガリヴァは真水を探して上陸した土地に置き去りにされてしまいます。そこで出会ったのは、身長60フィート(約18m)はあろうかという巨人でした。ちなみに、ガンダムが設定上それくらいのサイズらしいです。

小人国では山にたとえられていたガリヴァが一転して「グリルドッグ」(現地語で「小人」の意)に。業界の大手企業のことを「〇〇界のガリバー」と表現することがありますが、大小というのは相対的に決まるものだということがよくわかりますね。

グリルドッグの冒険

第2編には、ブロブディンナグ人の女性の吹き出物等を見てガリヴァが不快に感じる、という場面があります。こうした描写は、子どもの頃に青い鳥文庫版『ガリバー旅行記』を読んだときにも妙に印象に残ったものでした。

巨人が登場する物語は数あれど、このような話題に触れている作品は他に類を見ないのではないでしょうか。

食事中に巨大な虫が……というくだりなども、ぞっとします。他にも、水槽の中でボート遊びをしているときに蛙に襲われたり、猿にさらわれ屋根の上で『キング・コング』のヒロイン状態になったり、ひやりとする場面が多数。

最終的に住まいである箱型の部屋ごと巨鳥に連れ去られ海へ、という思いがけない脱出劇も、この地の動植物が人間同様にすべて大きいという設定ならではの展開です。

王室のお気に入り

豪農に捕まったガリヴァは、見せ物として国中を連れ回されます。もっとも、豪農の娘グラムダルクリッチ(ガリヴァが付けた愛称で「かわいい乳母さん」の意)は、ガリヴァにもプライドがあることを心得ており、渋々ではありましたが。

その後、王室に買い取られたガリヴァは、すっかり王妃のお気に入りとなり、学者でもある聡明な国王と度々対談する機会を得ます。しかし、小さい生き物だということで軽く見られている節があるようです。

ガリヴァと同種族の女性を発見したら、つがいにして繁殖させたいと希望している国王。結局ペットの域を出ないというか、ガリヴァの尊厳はどこにあるのやら。でも改めて考えてみれば、私たち人間も他の動物に対して同じことをしているんですよね……。

害虫

だがとにかく君の話と、それから自分がいろいろとただして引き出した君の答弁とから判断したところでは、君の同胞の大多数というものは、自然の摂理でこの地球上をのたくりまわっている最も恐るべき、また最もいまわしい害虫の一種であると結論せざるをえないようだ、と言われるのだ。

ガリヴァは自分たちの文明のすごいところを誇示すべく火薬について説明しますが、それを聞いた国王は引いてしまい、二度とそのような残酷な話をしてくれるな、と返します。

ブロブディンナグにはライバルとなるような国が存在しないからこそ、こうしたスタンスでいられるという側面はあるにしても、この場合「文明社会」に属していると言えるのは、ガリヴァと国王、はたしてどちらの方なのでしょうか?

ラピュタ(飛島)ほか

複数の国を旅する第3篇では、宮崎駿監督の『天空の城ラピュタ』の由来となっている島も登場します。

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空飛ぶ島ラピュタ

1707年、ガリヴァは海賊に襲われた後、通りすがりの飛島(浮島)ラピュタの住人に救助されました。皮肉まじりに描写されているラピュタ人のモデルは、ニュートンほか当時の科学者だそうです。

彼らは思索にふけって目の前のことをおろそかにしがち。そのため、同行している「たたき役」に口や耳をたたいてもらうことで、話し相手の存在を思い出したり、事故を回避したりしているといったありさまなのです。

数学や音楽を重視し、天体に変動はないかという不安におびえる男たち。対して、元気いっぱいの女性陣は外国人が大好きで、家出してそれっきりなんてことも。

また、ラピュタにまつわる話で衝撃的なのは、地上にある領土に対する扱い。属国で反乱が起きると、まずその真上に島を停止させます。当然、地上は太陽や雨の恵みを得られないので大打撃。これだけでも相当えげつない。

しかし、上から投石する、さらには島を落として辺り一帯を一掃するという最終手段もあるため、日照権侵害はまだ穏便な方だというのですから、信じられません。

貧乏学園都市ラガードー

続いて、ラピュタ王の支配下にあるバルニバービの首都ラガードーへ。肥沃な土地があるようなのにまるで穀物が生えておらず、国民が貧困にあえいでいるという惨状を、ガリヴァは奇妙に思います。

話を聞けば、約40年前にラピュタかぶれの男たちがラガードーに学士院を設立し、それ以来国を挙げて身にならない研究に打ち込んできたとのこと。

学問が実用的かつ即効性のあるものばかりである必要はないでしょうが、ここまで行くと本末転倒、さすがに疑問を感じてしまいます。

学士院で行われている研究はめちゃくちゃなものばかりですが、問題と証明を書いた煎餅を食べることでその内容を理解しようとする試みには少々興味を引かれました。『ドラえもん』のアンキパンのような発想がこの時代にもあった……?

魔法使いの島グラブダブドリッブ

グラブダブドリッブという小島には、魔法使いの一族が住んでいます。降霊術を使う長の家では、亡霊たち(各人の呼び出し時間は24時間限定)が召使として働いていました。

長の厚意でさまざまな偉人を召喚してもらえることになったガリヴァ。しかしその結果、ホメロスやアリストテレス本人と顔を合わせた注釈家が恥をかくのを目の当たりにしたり、いかに真実が歪められて後世に伝えられているかを知ったり、昔の人の雄姿を見て人類の退化を感じたりと、やたら幻滅するはめになってしまいます。

実際問題、勝者側に都合よく書かれた記録というものも存在するようですし、本当に死者と会話ができたなら、歴史の教科書はたくさんの訂正を迫られることになるのかもしれませんね。

不死人間がいる国ラグナグ

ラグナグ人の中には、ごくまれに不死人間「ストラルドブラグ」が誕生することがあります。特徴は、左眉の上に円形のあざがあること。

もし自分が不死だったら、こんな風に生きたい、と理想を語るガリヴァですが、地元の人間には一笑に付されてしまいます。というのも、ストラルドブラグは不死であっても不老ではないため、老化で多くの問題を抱えるようになるからです。

性格は気難しくなり、若者だけでなく普通に死を迎えることのできる老人にも嫉妬し、記憶力は衰えていきます。そのため、ガリヴァが想像したような歴史の生き証人や博覧強記の学者としての役割は期待できません。80歳以上ともなると法律上の扱いは死人同然で、少額の手当で生活費を賄うことになります。

超高齢社会となりつつある現在、読んでいて複雑な気分になるラグナグ編。他の多くの物語で不死と不老がセットで登場するのは無理からぬことなのでしょうね。

鎖国時代の日本 

意外なことにガリヴァは日本にも寄っています。作中で日本はラグナグと同盟関係にあるという設定なのです。

オランダ人のふりをしたガリヴァは、どうにか絵踏みを回避し、長崎経由でヨーロッパへと帰路につきます。

フウイヌム国(馬の国)

先に引用したブロブディンナグ国王の発言などからもわかるように、作者の人間嫌いや厭世観はこれまでも随所に現れていましたが、第4編ではそれがより露骨になっています。

この最後の航海によってガリヴァの価値観は大きく変わってしまうのです。

馬が統治する国

1711年、船を海賊に乗っ取られてしまったガリヴァは、見知らぬ土地に放置されます。

そこは「フウイヌム」という高度な知性を持つ馬たちが治めている国でした。ガリヴァは、とあるフウイヌム(ガリヴァは彼を「主人」と呼びます)の家で世話になり、彼らの言語や考え方を学んでいきます。

生まれつき道徳的で、友情・仁慈を美徳とするフウイヌム。この国には「嘘」や「偽り」に相当する単語は存在せず、ガリヴァは人間社会、政治・犯罪・戦争・金銭といったものについて説明するのに苦労します。対して主人は、人間同士では自覚しにくい欠点をこれでもかと指摘してくるのです。

ここではガリヴァが人類代表となっているわけですが、やって来たのが他の人だったら、主人たちの人間に対する認識はもう少し違っていたのでしょうか。それが良い方か悪い方かはわかりませんが……。

ヤフー

フウイヌムは「ヤフー」(有名企業Yahoo! の由来であるという話も)という動物を肉体労働者として使役していました。

醜悪で不潔なヤフーですが、よく観察すると人間と一致する身体的特徴を多く持っていることに気づき、ガリヴァはぎょっとします。

さらには、すぐに喧嘩する、貪欲でキラキラした石(宝石?)が大好き、ボスに追従する子分や雄に媚びる雌がいる、病気にかかりやすい、時に抑うつ状態になる……などなど、知能や技術力が段違いである点はさておき、性質的には人間とヤフーがそっくりであるという事実を、ガリヴァは突き付けられるのでした。

人間愛の喪失

共通点があると言っても、ヤフーというのは人間の短所だけ寄せ集めたような存在であって、あくまで多面的な人間性の一部を反映しているに過ぎないと思うのですが、ガリヴァは違いました。

この国の野生そのままのヤフーよりも生半可に理性のある人類の方がやっかいなのではないか──ついには自己嫌悪・同族嫌悪に陥ったガリヴァ。敬愛するフウイヌムとともに平安な日々を送ることに幸福を見出し、この地に骨を埋めたいと考え始めます。

この生活には、悪徳がないと同時に刺激もありません。また、公平な友愛の心はあるけれど、家族・恋人・友人に対してのみ向けられる特別な愛情は見られないようなので、肯定するか否定するか意見が割れそうなところです。

帰郷

主人は他のフウイヌムがびっくりするほどに丁重に接してくれていましたが、全国会議の結果、ガリヴァは国外退去を迫られます。

もはや人間全体を嫌悪し、無人島で暮らしたいとまで考えていたガリヴァですが、その後、親切なペドロ船長と出会い、彼に促される形で家に帰ることに。しかし、奥さんにキスされて卒倒。ガリヴァにとっては今や家族も忌々しいヤフーでしかないのです。

こんな調子ですから、最後の航海に出る前にお腹の中だった末っ子は、お父さんに抱っこしてもらったことさえないのだろうな、と考えると切なくなります。友情をフウイヌムの美徳として称賛するのなら、自分も同胞愛を持てないものでしょうか。

所詮自分はただのヤフーに過ぎない、と考えている現在のガリヴァには卑屈なところがあります。しかし一方で、自分はフウイヌムの善性を知っていて、他のヤフー(人間)とは一線を画している、という自負があるようにも思われ、歪さを感じないでもありません。

ガリヴァは仔馬を2頭買い、彼らと毎日4時間はおしゃべりして過ごすようになりました。また、プロローグ「刊行者の言葉」によると、のちに故郷の片田舎に隠棲したことがわかります。

おわりに

架空の国々における生活や冒険を臨場感たっぷりに描いており、読者の想像力をかき立てる『ガリヴァ旅行記』。そんな本作は、冒険小説としてシンプルに楽しむことができます。

他方で、風刺小説としての面も損なわれてはいませんし、現代社会に通じるような問題が提起されている点も注目に値します。

小人や巨人、しゃべる馬といった不思議な住人たち……。ヤフーに限らず、彼らは我々人間のもうひとつの姿なのかもしれません。