あらすじ
刑期を終え、スリ師の健次は社会復帰を考えている。社会復帰のためにはまとまった金が必要だ。そしてまとまった金を手に入れる方法といえば──誘拐だ。ターゲットは紀州の大地主・柳川とし子刀自、身代金は5千万。
山中に身を潜め、苦労の末に健次らは刀自との接触に成功する。おつきの女性を逃がす条件と引き換えに、刀自は協力的な態度を示す。隠れ家も提供してもらい、なごやかな雰囲気になる人質と誘拐犯たち。ところが、身代金の額を聞いて刀自の態度が一変する──私はそんなに安い人間ではない、と。
まさかの人質からの値上げ交渉。その額、なんと100億円。はたしてこの誘拐劇、どうなってしまうのか?
主な登場人物
戸並健次
誘拐グループ「虹の童子」のリーダー。頭が切れる。刀自のことは少年時代から知っており、個人的に思うところがあるらしい。
秋葉正義
弟分その1。大柄でいかつい風貌だが、性格は温厚。あるトラブルにより、日中はくーちゃんの農業を手伝うことになる。
三宅平太
弟分その2。3人の中では一番小柄。お調子者で、動揺するとすぐ態度に出てしまう。家族のために大金を必要としている。
柳川とし子(刀自)
見た目は小さくてかわいいおばあちゃん。中身は豪胆。慈善活動を積極的に行っており、多くの人に慕われている。今回の誘拐事件の人質であると同時に参謀役。
中村くら(くーちゃん)
刀自のもとで昔働いていた女性で、現在は一人暮らし。隠れ家の提供者。尊敬している刀自の言うことならなんでも受け入れてしまう。
井狩大五郎
刀自に大恩を感じている警察本部長。今回の事件対応の主だった指揮をとる。熱血漢であるだけでなく、冷静な判断力も持っている。
とし子の子どもたち
喧嘩もするが、母親を助けたい気持ちはみんな同じ。一丸となって資金集めに奔走する。
感想
暴力沙汰一切なし、根っからの悪人が登場しない、軽いタッチのユーモラスなミステリーです。
全体としてはコメディの様相を呈している本作。誘拐犯たちが人質に主導権を握られるという状況の滑稽さにくすりとさせられます。その一方で、彼らの間に芽生えた絆にほろりとくる、人情ものとしての側面があるのも魅力の1つです。
そして、刀自の頭の回転の速さも注目ポイント。身代金を100億円に決めた後も、当然次々と難題がふりかかってきます。100億円もの大金をどうやって調達するのか、大量の紙幣をどうやって受け渡すのか、どこに隠すのか。それらを解決していく刀自の手腕が実に見事なのです。
エピローグでは、井狩による最後の謎解きが行われ、刀自の本心もようやく明らかにされます。100億円という数字にもちゃんと根拠があったことがわかり、驚かされました。刀自と井狩、2人の対峙シーンは、穏やかなようでいて緊張感のある構図となっています。
また、同時に描写される「虹の童子」3人と100億円のその後には思わずにやりとしてしまいました。雨上がりの虹を見た時のような、とても晴れやかな気分で本を閉じることができる作品です。
映画『大誘拐 RAINBOW KIDS』
1991年に風間トオル氏主演で映画化もされました。脇を固める役者陣もたいへん豪華です(くーちゃん役に樹木希林氏、井狩役に緒方拳氏など)。タイトルについている「RAINBOW KIDS」は、作中で刀自が命名した誘拐グループの名前「虹の童子」から来ています。
軽快な音楽とともにテンポよく物語はスタート。この挿入歌の「レッツゴー」の部分でテンションが上がります。山中での手締めのシーンは、映像にするとなかなかにシュールですね。
どうしても原作より情報量が不足してしまうのは唯一残念な点ですが、原作のコミカルさをうまく映画に落とし込んでいると感じました。原作だけでなく映画もとてもおすすめです。
おわりに
本作は、過去2回実施された選定企画「東西ミステリーベスト100」に高順位でランクインしており(日本編1985年版で12位、2012年版で7位)、その面白さはお墨付きです。
根強い人気を誇る『大誘拐』、読後は痛快なおばあちゃんのファンになってしまう、味わい深い物語だと思います。