『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(原題:Song of the Sea)は、2014年公開のアニメ映画。アイルランド神話を下敷きにした物語は、第87回アカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネートされるなど、非常に高い評価を受けています。

監督は、北アイルランド出身のトム・ムーア氏。日本アニメのファンであり、ジブリ作品などの影響も受けているそうです。

あらすじ

海ではアザラシ、陸では人間の姿になる妖精セルキー。そんなの、ただのおとぎ話だと思っていたのに──。

ベンたち家族は、海辺の灯台で幸せに暮らしていました。ところが妹シアーシャが生まれた日、お母さんが突然海へと姿を消してしまったのです。

時は流れ、6年後。不思議な光に導かれ、セルキーのコートを見つけたシアーシャ。そのコートを着て海に入ると、驚いたことに彼女は白いアザラシに変身しました。

海辺でシアーシャを発見したおばあちゃんは、引っ越しを主張。翌日、孫2人を強引に街に連れて行ってしまいます。

おばあちゃん宅でシアーシャがたわむれに貝の笛を吹いていると、それに呼応して妖精ディーナシーたちがやって来ました。彼らは、フクロウ魔女によってほかの仲間が石に変えられてしまったこと、セルキーの歌こそが救いになることを訴えます。しかし、そこにフクロウ魔女の魔の手が……。

メインキャラクター

シアーシャ
セルキーの母と人間の父の間に生まれた女の子。6歳の誕生日を迎えるというのに、いまだにしゃべることができません。

ベン
母のことがあり、どうしても妹にきつくあたってしまいます。母からもらった貝の笛が宝物。愛犬のクーとは大の仲良しです。

ブロナー(お母さん)
セルキーの女性。ベンにさまざまな物語や歌を教えてくれる優しいお母さんでしたが、シアーシャが生まれると同時に行方不明になってしまいます。

コナー(お父さん)
最愛の妻を失って以来、心ここにあらずな状態に。再び悲劇に襲われるのを懸念して、セルキーのコートを隠していました。

おばあちゃん
都市部に住む、コナーのお母さん。厳格な一方で、孫たちをとても心配しています。

ディーナシー
ハロウィンの仮装に紛れて現れた3人の妖精。歌うのが大好き。フクロウ魔女からセルキーを守ろうとしますが奮闘の甲斐なく……。

シャナキー
忘れっぽいおじいさんの精霊。途方もなく長い髪を持ち、その1本1本に物語が存在しているといいます。

マカ(フクロウ魔女)
シアーシャを狙っている老婆で、伝説の巨人マクリルの母親。魔法で相手を石にしたり、感情を奪って瓶に閉じ込めたりすることができます。

内容紹介と感想

現代のおとぎ話 

セルキーのコートにまつわるエピソードは日本の羽衣伝説、しゃべれない当初のシアーシャは、陸に上がるために声を失ったアンデルセン童話の人魚姫のようでもありますね。

アイルランドの伝承をもとにしつつも現代に舞台を移した物語は、どことなくほの暗さが漂うものとなっています。また、ケルト音楽というのでしょうか、民族音楽色が強いBGMも異彩を放つ要素のひとつです。

特筆すべきは映像美。序盤から、水彩画で描かれた絵本のような美麗な風景の数々に思わず目を奪われてしまいます。

とりわけ渦巻き模様のモチーフは随所に見られ、特徴的です。アイルランドにある古代遺跡ニューグレンジにもこのような渦巻き模様が刻まれているそうなので、非常に古くからあるシンボルなんですね。
もっと言えば、アイヌ文様のモレウと呼ばれる渦巻きに似ているのではないかとも思いました。モレウは力の象徴らしく、自然とともに生きる古代人の世界観として共通するイメージがあるのかもしれません。

作中では、秀逸な美術と音楽が織りなす幻想的な場面が幾度となく繰り返されます。
そのなかから特に印象に残ったものを2つ挙げるなら、まずはアザラシに変身したシアーシャが海中を自由自在に泳ぎ回るシーンでしょう。野生のアザラシたちが彼女を見守るかのように付き従います。この映画に登場するアザラシ、くりくりしたつぶらな瞳がかわいらしいんです。

そして終盤、シアーシャが声を得て歌うシーン。光と影の描写がなんとも美しく、閉じ込められていた魂たちが解放されていく様に神々しささえ感じます。

喪失感に苛まれて

お母さんが消えた原因が妹にあると考えているため、前半のベンはかなり感じが悪いです。ベン自身もまだ幼く仕方がない側面があるとはいえ、とにかくシアーシャが不憫で見ているこちらもしんどくなってしまいます。

お父さんはお父さんで、すっかりふさぎ込んでしまい覇気がありません。もちろん子どもに対する愛情は深いのでしょうが、正面からちゃんと向き合っていないように思えます。

家族の絆

語り部シャナキーの毛をたどり、フクロウ魔女の手下にさらわれたシアーシャを追いかけるベン。自分のしたことを省みて、妹に寄り添えるお兄ちゃんへと成長していきます。

ついに対峙したフクロウ魔女のマカは、自身も石になりかけていました。感情を瓶に封じ込めて平静を保とうとする彼女の姿は、いっそ哀れに見えるほど。

マカは、お母さんを失って悩んでいるベンに「苦しみを消してあげる」とささやきます。けれどベンは誘惑を断ち切り、「こんなこと救いにならない」と返すのです。

元をただせば、マカの悪行の始まりも息子を失った悲しみから。しかし彼女は感情を捨てるべきではなかった。その行為は、本当の意味での癒しにはなりえませんでした。

その点、お父さんのコナーの変化にも着目すべきでしょう。彼はブロナーときちんと別れの言葉を交わすことができたことで、ようやく前を向けるようになりました。

あわせて見たい

『ソング・オブ・ザ・シー』を楽しめた方なら興味を持てるのではないかと思う作品をあわせて紹介します。

『ユニコ 魔法の島へ』

フクロウ魔女は、『千と千尋の神隠し』の湯婆婆や『ハウルの動く城』の荒れ地の魔女などにも似ていますが、私は手塚治虫原作の映画『ユニコ 魔法の島へ』に登場するククルックを連想しました。

ククルックは、生き物を「生き人形」に変えてしまうなど恐ろしい力を持つ魔法使いですが、実は寂しい人なのです。

『太陽の王子 ホルスの大冒険』

OPから高畑勲・宮崎駿両名の名前が出てきて「おおっ!」となる映画。ベースにあるのは、アイヌの民族叙事詩ユーカラにあるオキクルミとチキサニの伝承だそうです。

主人公は、正義感が強くまっすぐな性格の少年ホルス。
対して、ヒロインのヒルダは陰のある少女で、複雑な内面を抱えています。悪魔の配下として人々を惑わせる一方、幼子に優しく接したり花嫁衣装に心惹かれたりと、年相応の少女らしい一面も見せます。

『ソング・オブ・ザ・シー』同様、冒険活劇と繊細な心理描写、挿入歌などが魅力的な作品です。また、風のように空を駆け抜けるオオカミのキャラクターがともに出てきますね。

おわりに

最後にシアーシャは重大な選択を迫られます。そして、家族の絆を確かめた後、ベンたちに新しい朝が訪れるのです。

喜びに満ちているときもあるし、悲しみに暮れ悩み苦しむときもある。それが、ティル・ナ・ノーグのような楽園ではない人間の世界に生きるということなのでしょう。