安房直子『きつねの窓』ほか

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今回は、教科書でもおなじみの『きつねの窓』をはじめとする安房直子作品をご紹介します。

前半の4作品は『童話集 風と木の歌』(偕成社文庫)、後半の3作品は『まほうをかけられた舌』(フォア文庫)などに収録されています。また、偕成社からはテーマ別に話をまとめた『安房直子コレクション』が刊行されており、そちらのシリーズで読むことも可能です。

『きつねの窓』

狩りをして山中を歩いていた「ぼく」は、見知らぬ野原に迷い込んでしまいます。空恐ろしいほど美しいキキョウの花畑が広がるその場所には、白ぎつねが営む染物屋がありました。
「ねえ、お客さま、ゆびをそめるのは、とてもすてきなことなんですよ。」

青の世界を駆け抜ける白い影。非常に幻想的な景色が描かれています。

そしてその先の小さな店の中には、人間に化けた子ぎつねの姿がありました。
素知らぬ顔できつねの話を聞ききつつ、ハンカチでも染めさせようかと考える「ぼく」。その時、きつねがキキョウの汁で指を染めることを提案してきます。

青い指でひし形の窓をつくると、そこに映ったのは思い出のあの人、失われたなつかしい風景──もう二度と目にすることができないはずだった、追憶の世界でした。

思い出という形で大切な何かはいつまでも心の中に残っている。けれども悲しいかな、時間が経つにつれて、霧でもかかったようにぼんやりしてくることがあります。
そんな思い出が鮮明に目の前に現れるのです。こんな魔法の指があったら、どれほどすばらしいことか!

しかし、所詮はうたかたの夢。みなさんの多くがご存知のように、「ぼく」のこの非日常的体験は、ささいな日常的行為によりあえなく終わりを迎えるのです。ノスタルジーのはかなさを感じずにはいられません。

『空色のゆりいす』

椅子つくりの娘は生まれつき目が見えませんでした。若い夫妻は悄然とし、その子のために作っていた揺り椅子はいまだ色を持たないまま。
そんなある日、椅子つくりは不思議な男の子から空色の絵の具を分けてもらいます。
「ほんとうの空の色は空からもらうんだよ。」
その絵の具で色を塗った揺り椅子に腰かけた娘は、空が見えると両親に言うのです。

この男の子のように、自然から直接色をもらえたらすてきでしょうね。自然というのは、それこそ一瞬一瞬切り取って絵の具のびんにおさめてしまいたいほど、その時々で美しい色を見せてくれますから。

そのほか作中に登場するのは、赤いバラの色に青い海の色。少年が少女のために色とりどりの絵の具を手に入れようと苦心するさまには痛ましささえ感じます。けれどラストはとても幸せな気持ちで満たされる、ロマンチックな物語です。

『鳥』

腕利きの耳のお医者さんのもとに駆け込んできた少女。恋人を救うため、自分の耳に入った「秘密」を取り出してほしいと懇願します。その事情とは?

「秘密」を取り出すなんていったいどうするのだろうかと思いつつ読み進めると、ある種逆転の発想とも言える解決策が最後に待ち受けていました。

鳥、魔法をかけられた恋人、悪い魔法使い──本作は、和製クラバートといった趣もありますね。年老いた海女が魔法使いというのも独特な雰囲気があって面白いところです。

『だれも知らない時間』

貧しく多忙な漁師の良太は、300年もの寿命を持つカメと出会います。自分の時間を持て余しているカメは、お酒と引き換えに良太に時間を分けてやろうと言いました。真夜中の1時間だけ、ほかの人には存在しない25時間目です。この時間は、良太以外だれも見たり動いたりすることはできません。
その時間を利用して網を修理した良太は、続いて祭りに向けて太鼓の秘密特訓に取りかかりました。ところがある晩、何者かが小屋の戸を叩く音が聞こえ……。

海の底、カメの夢の世界に囚われた少女さち子。時間が止まっている間に海の上を駆けていくという、彼女が過去にしていた行動は一見楽しそうです。しかし、そうしなければならなかった事情にはかなりつらいものがありました。

いい加減に彼女を解放してあげてほしいと良太はカメに頼みます。思案の末、カメはたったひとつだけ方法があると言うのですが……? 

カメがとった手段に気づいたときは、良太とともに私も愕然としました。
情景描写や舞台設定がとても印象的な一篇です。

『青い花』

かさ屋の若者は、偶然出会った小さな女の子のためにかさを作ってあげました。水色の服を着たその子は、すばらしい青い生地を選び、かさ屋自身も非常に満足のいく出来のかさが完成しました。
それ以来、不思議なことに青いかさが町中ではやり始め……。

仕事に忙殺されて何の思いも込められていないかさを量産する若者。その姿を想像すると寂しい気持ちなってしまいます。お客さんの顔もろくに見ようとせず、のっぺらぼうでも相手にしているかのようです。

流行それ自体を否定しようとは思いませんが、そのなかで自分というものを見失ったり、マナー違反が見られたりするケースは悲しいですね。

『まほうをかけられた舌』

父親が亡くなり、そのレストランを突然継ぐことになった洋吉。若いうえに怠け者、さらに致命的なことに味音痴の彼が途方に暮れていると、コック姿の小人が目の前に現れます。「お父さんの味を一生懸命勉強すること」を条件に、小人は洋吉の舌に魔法をかけてくれたのですが……。

一口食べただけで材料も調味料も全部わかってしまう魔法の舌を使って洋吉がしたことと言えば、他店の名物料理の味を盗むこと。なんだかドラえもんの道具を使って調子に乗ってしまったのび太くんみたいですね。

でも、遠回りしたとしても帰ってくる場所はただひとつ。最後の最後に洋吉は、本当のはじめの一歩を踏み出すのです。

『ライラック通りのぼうし屋』

ライラック通りにある小さな帽子屋を訪ねてきたのは、なんとヒツジのお客さんでした。彼は、仲間への餞別に自分の毛で帽子を作ってほしいと帽子屋の主人に頼みます。その帽子には、「いなくなった羊の国」に行く不思議な力が宿るというのです。
話を聞いてうらやましくなっていた帽子屋は、後日、おかみさんの愚痴から逃げるようにヒツジの帽子をかぶってしまい……。

帽子屋の主人は職人気質の人物で、金儲けや流行にはまるで興味がありません。対して、おかみさんはいつも家計のことを気にしており、このことがけんかの種になってしまいます。

余った羊毛でこしらえたトルコ帽をかぶるやいなや、帽子屋の足は自然と西へ向かいました。どんどん進んでいくと、例のヒツジが開いたお店がありました。ここで登場するメニューがまたなんとも魅力的なんです。
帽子屋が注文したのは「にじのかけら」。実は若返りの効果があります。すっかり上機嫌になった彼は、ライラックの木の下で熱心に帽子づくりを始めるのでした。

日の沈む方角である西へ歩き続けるというのは、過去に戻って行っているような感じがしないでもありませんね。
また、ライラックの花言葉は全般として「思い出」「友情」「謙虚」、紫色が「初恋」、白色が「青春の喜び」など。作品のイメージにぴったりです。

一方、残されたおかみさんと娘たちは帽子屋を連れ戻そうと試みますが、結局失敗してしまいます。おかみさんは夫を失って初めて、彼がいかに優れた職人であったかに気がつくのです。

時すでに遅し、かと思いきや物語は意外な展開を迎えることに。
最後の帽子屋の台詞が胸に響きます。「仕事で大事なことって、人生における幸せって、何だろう?」と考えさせられる作品です。

おわりに

どうも私は職人さんが出てくる話が好きなようです。なかでもお気に入りの一篇が最後の『ライラック通りのぼうし屋』。

ハッピーエンド、ビターエンドを問わず、どの作品も切ない内容ばかりです。加えて貧困、身内の不幸など、主人公が重い背景を抱えている例も多く見られます。

こうした愛情と哀愁に満ちた物語の数々を読んでいると、胸をえぐられるような思いをする場面が度々あります。しかし、そういった側面が安房直子作品を心に残る名作たらしめているのだろうとも思うのです。