D.W.ジョーンズ『ハウルの動く城』

※当サイトでは、第三者配信のアフィリエイトプログラムにより商品を紹介しています。

今回紹介するのは、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作『ハウルの動く城1 魔法使いハウルと火の悪魔』(原題:Howl’s Moving Castle)。宮崎駿監督の『ハウルの動く城』(2004年)の原作小説です。

あらすじ

悪名高い魔法使い・ハウルの動く城が世間を騒がしていたころのお話です。
帽子屋を営むハッター家で父親が急死し、長女ソフィーは帽子作りの修行に専念することになりました。

ソフィーが作る帽子は町のみんなに大人気。しかし、ソフィー自身は仕事漬けでちっとも楽しくありません。

そんなある日、荒地(あれち)の魔女が突然店に押しかけてきました。ソフィーには身に覚えがないのですが、いつのまにか彼女のうらみを買っていたらしいのです。

荒地の魔女に呪いをかけられ、老婆に変身したソフィー。行き場を失くし、ハウルの城に転がり込んだところで、火の悪魔カルシファーと出会います。
「おいらをしばってる契約をほごにしてくれたら、こっちもあんたの呪いを解いてやるよ」
自由を望むカルシファーは、ソフィーに取引を持ちかけてきますが……。

メインキャラクター

ソフィー
18歳。帽子屋の長女。仕事ばかりの日々にうんざりしていたところ、思いがけず運試しの旅に出ることに。カルシファーと取引し、掃除婦としてハウルの城に居座る。

レティー、マーサ
帽子屋の次女と三女。それぞれパン屋と魔法使いの見習いになる予定であったが、変身の術を使ってひそかに入れ替わる。

ハウル(ハウエル・ジェンキンス)
空中の城に住む魔法使い。派手な衣装に身を包んだ恋多き青年。若い女性の魂を抜くといううわさがあるが……?

カルシファー
青い火の悪魔。契約に従いハウルに魔力を提供しており、暖炉から動くことができない。

マイケル
ハウルの弟子。しっかり者でまじめな少年。レティー(に化けたマーサ)と恋仲になる。

かかし、犬人間
ソフィーにつきまとう呪われし者たち。犬人間はレティー(本物)と恋仲になる。

サリマン(ベン・サリヴァン
王室づき魔法使い。荒地で消息を絶つ。彼の捜索に向かった王弟も同様に行方不明になっている。

アンゴリアン
婚約者のベンを探しているという黒髪美人。ハウルの甥っ子が通う学校の新任教師。

荒地の魔女
高飛車な性格をした魔女。彼女もまた火の悪魔と組んでおり、呪いをかける下準備としてハウルの素性を探っている。

内容紹介と感想

これっておとぎ話?

昔話で成功するのは末っ子ばっかり! 魔法が本当に存在し、おとぎ話のような出来事が日常的に起こる国インガリーで育ったソフィーが、「長女の自分にはほとんど成功する見込みがない」と決めつけてしまったのは、無理のないことだったのかもしれません。

一方、ソフィーの妹たちは、そんな考えはばかばかしいと思っています。頭がよく魔女志望のレティーに、子どもがたくさんほしいので早く結婚したいマーサ。方向性は違いますが、自分の目標をしっかり持っているのです。

本作は、挑戦することさえあきらめていたソフィーが、上記のようなマイナス思考や固定観念から脱却するまでのお話、ともいえます。ハウルたちと生活をともにするうち、ソフィーは自分にすてきな力があるということに気がつくのです。

このように、おとぎ話のパターン崩しのような面が見られるのが『ハウルの動く城』シリーズの面白さのひとつ。継母が意地悪な女性ではなく、実子のマーサだけを特別扱いしなかったり、行方不明になったソフィーを本気で心配していたりするのも、その好例ですね。

風変わりなラブストーリー

本作の斬新なところは、恋愛要素がありながら、ヒロインが9割方おばあさんの姿をしているという点。仕事部屋にこもる生活が続いたせいで、すっかり外が怖くなっていたソフィーですが、老人化した後はとんでもない行動力を見せます。

本人も後で反省していましたが、勢いがありすぎて図々しいレベルなのです。呪いを受けたショックのあまり、ある種クライマーズ・ハイのような状態になっていたのかもしれません。27歳のハウル(生まれてから1万日目を迎えるという話が出てきます)も若造扱いです。

対するハウルはハウルで、ヒロインのお相手らしからぬキャラクターとして描かれています。「移り気で不注意で、わがままでヒステリー」と、ソフィーからの評価も散々。実姉には定職につかないダメ人間扱いされています。でも基本的に親切で、憎めないタイプなんですよね。だから、マイケルたちも彼を慕っています。

意外と毒舌で、考えが足りないところもあるけれど、面倒見がよくてお人好しのソフィー。うぬぼれ屋でずるがしこく、つかみどころがないけれど、優しいハウル。この2人、けんかしつつも何だかんだ相性がよいみたいです。

魔法がいっぱい

映画版に比べて原作は登場人物が多く、呪いや恋愛模様もかなりややこしい事態になっています。しかしながら、それらのつながりが明かされる過程が本書の魅力でもあるのです。特にソフィーに関しては、無自覚ながら多方面に影響を及ぼしていたことがわかるので、読み終わった後にもう一度物語冒頭に目を通すと面白いですよ。

カルシファーがソフィーに依頼をしたのも、ちゃんと考えあってのこと。カルシファーは悪魔ではありますが、コミカルでかわいい相棒でしたね。

これ以外にも、離れた4つの地点に移動できるドア、一足で大移動できる七リーグ靴、荒地の魔女との魔法合戦など、不思議な魔法だらけで見どころ満載。ちなみに七リーグ靴は、シャミッソー作『影をなくした男』にも登場する、西洋の昔話ではおなじみの魔法アイテムです。

空中楼閣と平行世界

本作は『オズの魔法使い』から着想を得ている部分もあるそうで、荒地の魔女(Witch of Waste)は西の魔女(Witch of West)のもじりなのだとか。ハウルのイメージは、『オズの魔法使い』でいえばブリキのきこりですかね。城が見かけだおしなあたりはオズ大王っぽくもありますが。

さらに言葉遊びの話をすると、続編の原題にもなっているcastle in the airに「空中楼閣、絵空事」、howlに「うめく、わーわー泣く」といった意味があるのは、皮肉が効いているなあと思います。mad as a hatterという慣用句(『不思議の国のアリス』の帽子屋のモチーフ)もありますしね。

物語の舞台となっているインガリーの由来は、もちろんイングランドでしょう。実はハウル、私たち読者と同じ世界(イギリスのウェールズ)の生まれなのです。

『ハウルの動く城』だけでなく、『大魔法使いクレストマンシー』シリーズなどに代表されるように、ジョーンズ作品では平行世界・異世界の設定がよく用いられています。

個人的には、『ダークホルムの闇の君』とその続編『グリフィンの年』もおすすめしたいところ。別世界からやって来たツアー客相手に四苦八苦したり、人間と家族同然に育てられたグリフィンの女の子が大学生になったりするお話です。

ジブリ映画との違い

映画版は、原作とは設定や展開がかなり異なっています。
※矢印左側が原作、右が映画の設定です。

  • ソフィーの髪色:赤色(あかがね色)→ こげ茶色/銀色
  • ソフィーの妹の数:2人 →(作中で確認できるのは)1人
  • マイケル/マルクルの年齢:15歳 → 幼児
  • サリマンの立場や性別:ハウルと同郷の魔法使いで、兄弟子にあたる男性 → ハウルの師匠で女性(原作にも師匠は登場するが、名前や性格が異なる)
  • 荒地の魔女の外見:登場するたびに容姿が変わるが、美女である点は一貫している → 全体的にボリュームアップ

その他、ハウルの出身地に関する掘り下げがない、アンゴリアン先生周辺のエピソード丸ごとカット、かかしの正体が違う……などなど。特に中盤以降のストーリーは別物といってよいでしょう。

created by Rinker
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社

おわりに

原作小説には映画版とはまた違った魅力があります。話は少々込み入っていますが、とってもにぎやかで楽しいファンタジーなので、伏線も意識しつつ、じっくり読んでみてください。