概要
『猫丸先輩シリーズ』は、小柄で童顔、仔猫のような丸い目をした三十男、猫丸を探偵役とする作品群。職を転々としているフリーターである彼が、行く先々で事件に巻き込まれる(というより自ら首を突っ込んでいく)のがお約束です。
作者のデビュー作でもある『日曜の夜は出たくない』は1994年刊行。当然、エピソードによっては時代を感じる描写も見られますが、作中はいわゆる「サザエさん時空」であるらしく、最新作『月下美人を待つ庭で』でも猫丸に年齢の変化はありません。
猫丸「先輩」なのは、大学時代の後輩・八木沢をはじめとする第三者の目線で話が進むため。誰からも変人扱いされる猫丸は、落語家(私の第一印象はちびまる子ちゃん)のような話し方も特徴的で、常に飄々とした雰囲気を醸し出しています。
ストーリーの方向性は、本格推理小説からコメディタッチのものまで、作品ごとにさまざま。なかでも「日常の謎」を扱ったユーモアあふれる短編が多数を占めているため、非常に気軽に読めるのが魅力です。ただ、好みが分かれる作風ではあるので、読んでいて肌が合わないと感じてしまう方もいらっしゃるかもしれません。
なお、『猫丸先輩の推測』および『猫丸先輩の空論』は元々講談社から出版されていたのですが、近年他のシリーズとあわせて東京創元社から新装版が発売されました。
『日曜の夜は出たくない』
収録作品
- 「空中散歩者の最期」
- 「約束」
- 「海に棲む河童」
- 「一六三人の目撃者」
- 「寄生虫館の殺人」
- 「生首幽霊」
- 「日曜の夜は出たくない」
それぞれに趣向の異なる7つのエピソードを収めた連作短編集。エピローグの「誰にも解析できないであろうメッセージ」および「蛇足──あるいは真夜中の電話」ではどんでん返しが楽しめます。
私のお気に入りは「寄生虫館の殺人」。寄生虫館に取材にやって来たフリーライターの視点で話が進むのですが、おどろおどろしい空気を出そうとして途中文章が変なノリになっているところが面白い。その場に居合わせた猫丸とともに本物の事件に遭遇することになるのですが、その真相は……。
『過ぎ行く風はみどり色』
猫丸の後輩の一人である方城成一とその従妹の佐枝子、二人の視点で描かれる物語。方城家に霊媒師や超常現象の研究者が現れ騒ぎとなる中、成一の祖父・兵馬が密室状態で亡くなってしまうのですが……。
猫丸先輩シリーズでは珍しい長編作品。今回は死者が出ているうえに、猫丸の出番も少ないため、全体的な雰囲気はやや暗めです。しかしながら、最後はタイトルのイメージ通り爽やかに幕を下ろすので、そこはご安心を。
『幻獣遁走曲―猫丸先輩のアルバイト探偵ノート』
収録作品
- 「ネコの日の事件」
- 「寝ていてください」
- 「幻獣遁走曲」
- 「たたかえ、よりきり仮面」
- 「トレジャーハント・トラップ・トリップ」
今日も今日とてアルバイトに奔走する猫丸。「ネコの日の事件」では猫コンテストの会場スタッフ、「たたかえ、よりきり仮面」ではヒーローショーの怪人役、「トレジャーハント・トラップ・トリップ」では松茸狩りの案内人と、仕事内容は多岐にわたります。
「寝ていてください」では治験ボランティアに参加。メンバーの一人が急に姿を消してしまい、残された面々は不安に駆られますが……?
「幻獣遁走曲」では、珍獣アカマダラタガマモドキの捜索隊員に。終始ノリノリで軍人風の言葉遣いをしている猫丸が笑えます。大切にしていた書類が焼失して鬼軍曹はご立腹ですが、犯行動機については予想通りと申しますか。
『夜届く―猫丸先輩の推測』
収録作品
- 「夜届く」(ジョン・ディクスン・カー『夜歩く』、もしくは横溝正史『夜歩く』)
- 「桜の森の七分咲きの下」(坂口安吾『桜の森の満開の下』)
- 「失踪当時の肉球は」(ヒラリー・ウォー『失踪当時の服装は』)
- 「たわしと真夏とスパイ」(天藤真『あたしと真夏とスパイ』)
- 「カラスの動物園」(テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』)
- 「クリスマスの猫丸」(R・D・ウィングフィールド『クリスマスのフロスト』)
※カッコ内はタイトルの元ネタと思われる作品。
夜間に届く匿名の電報、花見の場所取り中に現れる闖入者たち、アーケード街を全力疾走するサンタクロースなど、身の回りで起きた不思議な事件を推理するコミカルな短編集。
『推測』『空論』『妄言』の収録作品は、そのタイトルが示す通り猫丸の口から真相らしきものが語られはするものの、答え合わせがないまま終わることが多いのが特色です。
「失踪当時の肉球は」では、ハードボイルド風味の探偵が内心「私もぷにぷにの肉球は嫌いではない」と考えていたりするギャップがおかしい。顔の部分だけ塗りつぶされた迷い猫のポスターの謎は、納得の解答でありました。
「カラスの動物園」では、キャラクターデザイナーのお姉さんの想像力がたくまし過ぎて、思わず吹き出してしまいました。まあ、″ひったくり犯は伝書鳩を使っていたんだよ″説が一瞬頭をよぎったのは私も同じですので、人のことをとやかく言えませんが……。
『とむらい自動車―猫丸先輩の空論』
収録作品
- 「水のそとの何か」(シャーロット・マクラウド『水のなかの何か』)
- 「とむらい自動車」(大阪圭吾『とむらい機関車』)
- 「子ねこを救え」(島田雅彦『子どもを救え!』)
- 「な、なつのこ」(加納朋子『ななつのこ』)
- 「魚か肉か食い物」(舞城王太郎『煙か土か食い物』)
- 「夜の猫丸」(R・D・ウィングフィールド『夜のフロスト』)
※カッコ内はタイトルの元ネタと思われる作品。
毎朝ベランダに置かれるペットボトル、交通事故現場に続々と集まるタクシー、大食いチャレンジ中に逃走する友人など、日常に潜む謎を扱ったユニークな短編集。
各話のタイトルは『推測』と同様に名作ミステリーをもじったものですね。
私が好きなのは「な、なつのこ」。異様なほどスイカ割りに情熱を傾ける男たち、しかしイベント開始前に何者かの手にかかり無残に割られてしまったテント内のスイカ──。このしょうもなさがたまりません。個人的にあのオチは想定していなかったので、少しびっくりしました。
『月下美人を待つ庭で―猫丸先輩の妄言』
収録作品
- 「ねこちゃんパズル」
- 「恐怖の一枚」
- 「ついているきみへ」
- 「海の勇者」
- 「月下美人を待つ庭で」
15年ぶりになるという新刊。看板の底に貼られた奇妙なメモ、オカルト雑誌の投稿写真、嵐の海水浴場に残された足跡など、一風変わった事件が登場する連作短編集です。
今回は、猫丸のアルバイトが出版関係ばかりであったのが少々物足りませんでした。また、可能性の段階に過ぎないとはいえ、事件性が見られる話がちらほら。『推測』や『空論』の直後に読むと、テンションの落差を感じないでもありません。
「ついているきみへ」では、友人カンダタくんからの謎の贈り物と愛犬のプチ誘拐事件の共通項が語られます。前者の真相はウィットに富んだ楽しいものですが、後者にはぞっとさせられました。
表題作「月下美人を待つ庭で」は、しんみりとする良エピソード。善良な一般市民が他人の家の庭へ入り込む、その理由とは……。
おわりに
「発想と見方を変えれば、物事はこんなに楽しくなる」(「桜の森の七分咲きの下」より)。これぞ「日常の謎」の醍醐味であり、このシリーズの面白さでもありますね。
どこから読んでも支障はないシリーズですので、まずは気になるエピソードが収録されている本を手にとってみてはいかがでしょうか。