ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』

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あらすじ

時は、各国が協力して宇宙開発にあたっている近未来。
月で発見された赤い宇宙服を着た死体──通称「チャーリー」は、どこの月面基地所属でもなかった。それどころか、彼は5万年以上前に亡くなっていたのだ!

内容紹介と感想

存在しないはずの男

本作は、以前ご紹介した『未来からのホットライン』の作者、ホーガンの名を世に知らしめた出世作です。その魅力は、SFとしてだけでなく、ミステリー的な面白さもあること。しかも遺体の身元は不明、発見場所は月、死亡推定時刻は5万年前、というとんでもない大事件です。

国連宇宙軍(UNSA)に集まった研究者たちは、地球人と区別してチャーリーを「ルナリアン」、彼の住んでいた惑星を「ミネルヴァ」と呼ぶことにしました。チャーリーの体の構造は現生人類そっくりですが、数万年前の古代文明の形跡が地球上に見当たらない以上、他惑星からやって来たと考えざるをえないためです。これは従来の進化論を揺るがす事態とも言えます。

あちらを立てればこちらが立たず、といった具合で研究者たちは頭を悩ませながらも議論を戦わせていきます。ただし頑固な生物学者・ダンチェッカーは、進化論の立場からチャーリーが地球人であることは明らかだとの姿勢を崩そうとしないのですが……。

ルナリアンと惑星ミネルヴァ

物理学者ハントは、柔軟性と独創力に優れ、組織の潤滑油として期待されています。いかにも主人公といった感じのキャラクターです。国連宇宙軍本部長のコードウェルにも高く買われており、特命研究班グループLの主任研究員として活躍することになります。

ハントは、月の裏面で発見されたルナリアンの基地やクレーターの不整合などの情報を踏まえ、チャーリーの置かれていた環境について仮説を立てました。

ミネルヴァは資源不足や氷河期の到来により危機に陥っていたこと。そのため宇宙開拓に躍起になっていたこと。さらにルナリアンは、全体主義に支配された超大国どうしの争いの果てに絶滅したであろうこと。

結局は自滅に終わったというあたり虚しさだけが残りますね。
ミネルヴァほど極端でないにせよ、やはり地球人類にも似たところはあります。作中の時代設定は平和な21世紀ですが、本書が発表されたのは東西冷戦中の1970年代。ルナリアン文明の描写に関しては、当時の危機意識も反映されていたのではないかと想像されます。

チャーリーの手記

チャーリーの手帖の解読が進み、その全貌が明らかになります。作中で一つの山場を迎える場面ですね。ハントの仮説がおおむね正しかったことも証明されました。

身を粉にして、強制された生き方をせざるを得なかったチャーリー。あとは相棒コリエルに希望を託すのみ。意味のある生き方や宇宙のどこかにある明るい世界に思いをはせるチャーリーの最期には、思わずしんみりしてしまいます。

けれどハントにはいつまでも感慨にひたっている暇はありません。数字の矛盾を解決しようと頭をしぼる中、衝撃的な事実に思い至るのです。

ガニメデの巨人

地球人、ルナリアンに続き、第三の男ガニメアン登場。木星の衛星であるガニメデで氷漬けになっていた宇宙船から巨人の遺骸が発見されたのです。二足歩行ではあるものの、骨格・内臓などの違いから、ルナリアンや地球人とは全く異なる進化の系統に属することは間違いありません。

ところがこの巨人、ルナリアンの月面基地にあった魚とは解剖学的に同系統だというのです。ガニメアンとルナリアン、そして地球人との関係性はいったい……?

2500万年も前に、現在の地球をはるかに凌駕する高度な文明を築き上げていたガニメアン。本作においては謎がいくつか残りますが、なんともロマンを掻き立てる存在ではありませんか。

星を継ぐものたち

チャーリー問題がひと段落ついたところで、ハントとダンチェッカーは木星探索に出発します。そこには、母なる星を離れれば地球人としての連帯感が2人の間に生まれ、共同研究が進むであろう、というコードウェルの思惑もありました。だてに上層部にいるわけではなく、さすがに人心掌握に長けていますね。

一人ガニメデを散策するなかでチャーリーと自分を重ねるハント。ここで最後のカギを手に入れます。

この先はいろいろな意味でぶっとんだ話です。しかしとんでもなく面白い。魅力的な謎に意外な真相──SFミステリーと評されるだけのことはあります。

しかしここで終わらないのが本作のすごいところ。物語の前半を読んでいる段階ではてっきりかませ犬で終わると思っていたダンチェッカーが、おいしいところを持って行きます。

タイトルの本当の意味がわかる瞬間は、興奮のあまり身震いしてしまいました。プロローグとエピローグのつながりもすばらしく、コリエルのドラマチックな人生が目に浮かぶようです。それがどんなものであったにせよ、コリエルはたくましく生き抜いたに違いありません。

おわりに──SFってこんなに面白いんだ!

本書を読み終わったときには「今までこんな面白いジャンルを読んでこなかったなんて……」という後悔がありました。それと同時に「まだ見ぬ名作がたくさん残されているジャンルがあったなんて!」という喜びで満たされていました。ガニメデ到着時のダンチェッカーなみにハイテンションになっていたものです。

『星を継ぐもの』がきっかけで、私は「SFってこんなに面白いんだ!」と思うようになりました。最初のうちはとっつきにくく感じるかもしれませんが、ぜひ多くの人に読んでもらいたいおすすめ本の一つです。