森見登美彦原作『四畳半神話大系』

アニメ
記事内に広告が含まれています。

『四畳半神話大系』は、森見登美彦の原作小説を再構成したテレビアニメ。監督:湯浅政明、キャラクター原案:中村佑介など人気クリエイターによって手がけられており、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞も受賞しました。

はたから見ると不毛であほくさい、でもなんだかんだ楽しそう。そんな青春ストーリーが展開されていきます。

あらすじ

黒髪の乙女とのバラ色のキャンパスライフを夢見て入学したはずの「私」。それがどうしたことか。この2年間は小津に振り回されるばかりで、散々なものであった。ああ、あの時ほかのサークルを選んでさえいれば……!

主な登場人物

「私」
大学3回生。四畳半生活と読書を愛する主人公。明石さんのことが気になっているが、これといった行動は起こせずにいる。

明石さん
大学2回生。普段はクールビューティーといった雰囲気だが、苦手な蛾に対してだけはとんでもないリアクションを見せる。失くした「もちぐま」の人形を探している。

小津
大学3回生。あちらこちらで怪しげな活動を繰り広げている妖怪じみた男。「私」との関係は腐れ縁の悪友といったところ。

樋口師匠
大学8回生。常時浴衣姿で仙人のような雰囲気を醸し出している謎多き人物。自称縁結びの神。「私」と同じく下鴨幽水荘に住む。

城ケ崎先輩
大学8回生。映画サークル会長。女性にもてる水も滴るいい男…なのだが実は極度の潔癖症。

羽貫さん
歯科衛生士の女性。大学OGで英会話サークル所属。樋口師匠とは旧知の仲で、下鴨幽水荘に出入りしている。非常に酒癖が悪い。

内容紹介と感想

原作では4話構成のところを10のパラレルワールドに分けて描いています。登場人物や舞台が限られており、羽貫さんに言わせると「スモールワールド」。にもかかわらず、多面性を見せることで物語に奥行きが生まれている感じは、映画『恋はデジャ・ブ』などと似ているかもしれません。

なお、ここでは感想のほか、***以下にちょっとした補足を書いています。

第1話 テニスサークル「キューピッド」

「僕なりの愛ですよ」
乙女たちとさわやかにラリーを打ち合うはずが、結局のところ物を言うのは社交性であった。絡んでくるのは性悪の小津だけ。黒いキューピッドと化した2人は赤い糸を切りまくり、鴨川デルタのコンパ会場で花火爆撃を企てる。

初回にして最終回につながる要素があちらこちらにたくさん詰まっています。女装した小津が大勢に狙われていた事情などは、おいおい明らかになります。

やや偏屈な性格の「私」は恋路をひた走ることができません。京都五山送り火の夜、小津と樋口師匠に後押しされ、明石さんに声をかけたまではよいのですが大した進展はなし。明石さんは、一緒に猫ラーメンを食べに行く約束が果たされるのを待っているというのに……。

* * *

  • 京都大学吉田寮:大正時代に建てられた学生寮。OPの実写部分で使われています。本編でもところどころで実写が取り入れられており、独特の演出効果を生んでいますね。
  • 鴨川:京都市の南北を流れる川。カップルたちが必ず等間隔で川沿いに座っているという謎の法則でも有名です。
  • 下鴨納涼古本まつり:明石さんがアルバイトをしていた屋外古本市。京都三大古本まつりの1つで、毎年夏、下鴨神社糺(ただす)の森で開催されています。

第2話 映画サークル「みそぎ」

「先輩はあほです」
映画サークル、そこは城ケ崎先輩による独裁国家であった。小津と組んだ「私」は対抗してオリジナル作品を撮るが、明石さん以外にはまったく受けない。ついには、城ケ崎先輩の告発ドキュメンタリーもとい品性下劣な中傷映画に手を染めてしまう。

「私」の撮った映画は、アニメ全話を見終わった後に改めて見ると「あ!」となる内容になっています。また、今回の明石さんとの約束は、運命に結ばれた2人の純愛映画を撮って披露するというものでしたが、最終回である意味それを実演したと言えるかもしれません。

第3話 サイクリング同好会「ソレイユ」

「これは近代物理学への冒涜ではないか!」
ソレイユでは、マッチョたちが日々過酷なトレーニングを重ねている。虚弱体質の「私」は自転車のスペックで勝負しようとバイトに励み、やっとの思いで高級ロードバイクを手に入れるが……。

「自転車にこやか整理軍」なる自治サークルにロードバイクを奪われてしまった「私」は、ママチャリでしまなみ杯を完走します。「私」のこういうところが何だかよいですよね。そして、その不毛な努力を買われ、明石さんにバードマン(鳥人間)コンテストの搭乗者として勧誘されることになります。

今回は、工学部在籍の明石さんの理系女子ぶりが発揮されているほか、前回散々な扱いだった城ケ崎先輩の意外な面倒見の良さが見られます。

* * *

  • サイクリングしまなみ:高速道路を利用したサイクリング大会。瀬戸内海の美しい眺望も見どころ。現在は2年に1度の開催になっているようです。
  • 琵琶湖疎水:琵琶湖の水を京都に引く目的でつくられた運河。以前紹介した菊池寛『身投げ救助業』でも舞台となっていました。また、「私」と明石さんが自転車レースで近くを通った蹴上(けあげ)インクラインは舟を運ぶための鉄道跡で、桜の名所でもあります。

第4話 弟子求ム

「正確には、自虐的代理代理(中略)代理戦争だけどね」
樋口師匠のもとで小津らと奇妙な修業に励むはめになった「私」。マイペースな生活を送る師匠だが、意外にも敵はいる。図書館警察に追われているほか、5年にわたり城ケ崎先輩とみみっちい争いを繰り広げているのだ。

妹弟子の明石さんと幻の亀の子たわしを求めて三千里をする回。タッチの差で兄弟子となった小津ですが、二重スパイと言いつつ、ちゃんと師弟愛はありそうです。

たわし発見後、「私」と小津は自虐的代理戦争の後継者になってしまいます。旅立つ師匠を見送る羽貫さん、この話では比較的あっさりしているように見えましたが……。

* * *

  • 海底二万海里:樋口師匠の読んでいる本は、ジュール・ヴェルヌ原作のSF小説です。海底船ノーチラス号に乗って世界各地を巡る冒険が描かれています。

第5話 ソフトボールサークル「ほんわか」

「責任者は誰か! …おそらく私であろう、今回ばかりは」
女子率が高く、まったり活動する「ほんわか」は、その名の通りあまりにほんわかし過ぎていた。サークルの母体は健康食品会社である。その令嬢・小日向さんと懇意になりたい「私」は、居心地の悪さを感じながらも健康食品を買いまくり……。

一番のホラー回かもしれません。もはや怪しい新興宗教活動の見本市状態です。「ほんわか」メンバーの極端なナチュラル志向やはりついた笑顔が怖い。

「私」は、山奥にあるほんわか本部で合宿形式の全国会合に参加しますが、結局小津と逃亡するはめに陥ります。ここで手助けしてくれる猫ラーメン店主が非常にダンディ。時々ジャンクフードとか無性に食べたくなる気持ちわかりますよ、うん。

第6話 英会話サークル「ジョイングリッシュ」

「リスクは分散すべし!」
1つのサークルにこだわるからいけないのだ。「私」は、英会話サークル・ヒーローショー同好会・読書サークルの3つに所属することにした。結果、3人の女性と接点ができた「私」だが、大きな分岐点に立たされてしまう。
羽貫さんとはただの茶飲み友達だったが、珍しく元気のない様子の彼女を励まそうとしたところ、とんでもない流れに……。

年上で快活なお姉さん・羽貫さんとのお話。第4話で樋口師匠に「君は英語が話せるから」と言われていた羽貫さんですが、実態はまさかのソウルトーク。文法はめちゃくちゃだがなぜか通じてしまうという代物でした。

ストーリーとは関係ないですが、羽貫さんと恋愛トークをしているときに出てくる小津の生霊(?)が照れたり、「私」の眼鏡をかけ直したりしてくれるのがちょっとかわいくてツボ。

第7話 サークル「ヒーローショー同好会」

「チェストォォォーーッ!!」
映画制作で多忙な城ケ崎先輩の留守中、香織さんのボディガードをすることになった「私」。一緒に過ごすうちに香織さんに魅力を感じるようになってしまう。そしてやってきた別れの日、とうとう駆け落ちまで……。

城ケ崎先輩にとって大切な存在である香織さんを託された「私」ですが、だんだん思考がよからぬ方向に進んでいきます。妄想の香織さんとの将来像は、もはやわけのわからないことに。そして「私」の内なるカウボーイ・ジョニーが相変わらずうるさい。

一方、時間をさかのぼって「もちぐまんショー」を見ていた高校生時代の明石さんについて。彼女は男2人にからまれたところを「私」inもちぐまに助けられます。これはかっこいい。好きになっちゃいそうです。しかし、当の「私」は香織さんを含め3人の女性にうつつを抜かしているという……。

第8話 読書サークル「SEA」

「この桃色筆まめ野郎!」
小津からもらった古本には住所氏名のメモ書きがあった。あこがれの文通を始めた「私」だが、帰国子女で英語がペラペラ、アクション俳優であるなどの設定を加え、どんどん自分を美化してしまう。ついには相手から「一度会いたい、会えないのならもう終わりにしよう」という最後通牒が届く。

古風でしとやかで「私」の理想の女性、景子さん。彼女を魅了してしまった自分の文才の罪深さに酔いつつ、文通のルールとして相手に会うべきではないと「私」は考えます。

これまでの関係性が壊れてしまわないか、この辺は確かに難しいところではありますね。最終的に「私」は我慢できず景子さんの自宅へ突撃するわけですが……。

* * *

  • 夜は短し歩けよ乙女:文通のきっかけとなった森見登美彦の著作。小津と「私」に言わせると「愚にもつかぬ青春小説」らしい。さえない先輩と黒髪の乙女の恋愛模様を描いており、2017年には湯浅政明監督により映画化もされました。

第9話 秘密機関「福猫飯店」

「貴君はまだ人生が始まってもいない」
相島先輩が店長を務める「福猫飯店」は大学の裏組織である。図書館警察・自転車整理軍・偽造レポート印刷所といった怪しげな非公認サークルの運営を一手に引き受けているのだ。順調に出世した小津は相島を失脚させることに成功。「私」は自転車整理軍の総長の座につくが……。

前回と打って変わって明石さんからの好感度がストップ安の「私」。これまでに登場した胡散臭い団体で裏稼業に手を染めているのですから、当然と言えば当然の結果です。

「私」が図書館警察所属時に取り立て対象であった樋口師匠は、2年越しで『海底二万海里』を読み終わり、世界に乗り出すと宣言します。今回の師匠の台詞は名言の宝庫。だてに弟子をとっていません。

「可能性という言葉を無限定に使ってはいけない」「今ここにいる君以外、ほかの何者にもなれない自分を認めなくてはいけない」「なぜなら世の中は薔薇色ではない。実に雑多な色をしているからね」

さて、ここにきて「私」は、小津がほんわか本部に潜入し飛行船強奪を企てた事情を知ることになります。人込みを避けて五山を見るため、すべては彼女思いの小津の(明後日の方向の)純情ぶりによってなせるわざでした。

小津は自分と同類だと思っていたのに、と「私」は虚しさにさいなまれます。どうあがいてもこうなるならいっそ……。

第10話 四畳半主義者

「四畳半こそ私の世界のすべてである」
ある日、扉を開けるとそこは四畳半であった。前後左右上下どこまで行っても四畳半。その生活が楽しいと思い込むのにも限界が訪れ、「私」は旅に出ることにした。

最終2話は、何も選ばなかった場合の「私」のお話。夢まぼろしを追い求めず、1日の大半を部屋で過ごしていましたが、その生活は「いつでもその気になれば外に出られる」という前提があってこそ。「出ない」と「出られない」では大違いですもんね。

孤独な「私」の描写が続くため、第10話は声優さんが1人しか登場しないという珍しいエピソードとなっています(占い師や小津の台詞はモノマネ)。カステラ食い散らかし事件(第2話)、軍資金10万円(第4話)、謎のひげ男(第5話)の伏線も回収されました。

四畳半をさすらう中で、「私」は各部屋にわずかな違いがあることに気がつきます。そして、それぞれの世界の「私」は愚痴りつつも不毛なキャンパスライフを謳歌しているのだと感じました──今ここにいる自分を除いては。

* * *

  • 毒虫になった男の話:「私」に起きた怪異との比較で登場。フランツ・カフカの小説『変身』のこと。男は家族から疎外され部屋に閉じこもって暮らすのですが、最後は……。
  • こんなふうに部屋がつながった映画:ヴィンチェンゾ・ナタリ監督の『CUBE』のことでしょうか。トラップだらけの巨大なキューブに閉じ込められた男女数名が脱出を試みるというサスペンス映画です。

第11話 四畳半紀の終わり

「好機はいつでも目の前に……」

引き続き無数の四畳半を旅している「私」。各部屋の痕跡からほかの世界で縁の深い人々について知った「私」は、彼らに愛しさを覚えるとともに、人間が持つ多面性について考えます。特に小津、彼はたった1人の親友と呼べる存在ではなかったか、と。

「私」のフィルターがかかっていない小津の真の姿が明らかになりました。第7話でもちらっと出ていましたが……いや、そもそも最初からOPに映っていました。けれど不思議と最終回まで意識していなかったのです。

そして、なかなか素直に認められなかった明石さんへの恋心。「私」がまっすぐに一歩を踏み出そうと決めたとき、ようやく外への道が開けました。
ここからの展開は、本当にすばらしい。見事な大団円を迎えます。「私」の締めの台詞がまたいいんですよね。

* * *

  • OZ:メールで使われていた小津の署名。ボームの『オズの魔法使い』を連想させます。すごい力を持っているように見えて実は、というところがオズの魔法使いと小津の共通点でしょうか。

おわりに

「私」が求めていたのは、つまるところ青い鳥だったのです。失くして初めて気づく(第10話では手に入れてすらいない)身近な人々とのかかわりから得られる幸せ。
今後も「私」は文句を垂れながら、楽しく不毛なキャンパスライフを突き進んでいくことでしょう。